愛される自信をキミにあげる
二
二
「……白崎さん?」
背後からかけられた声で、それが誰のものかわかってしまった。
麗と一緒の時にしか聞けない、耳心地のいい低音ボイスは、三条課長のものだ。
「あ……はい」
どうしよう、緊張で口の中がカラカラで、ドクドクと早鐘を打つ鼓動が三条課長に聞こえやしないかと不安になる。
本当はもっと可愛く笑いながら振り向きたかったのに、唇を噛みしめているせいで仏頂面で低い声になってしまった。
麗が近くにいてくれればまだ普通でいられたが、残念ながら彼女は別のお客様の接客中だ。それにしても、仕事でかかわりのない三条課長が、どうしてあたしに声をかけたのだろう。いつもは麗のついでなのに。
しかも、午前中に明日の披露宴の打ち合わせを終えて、あたしはまだ昼食にありつけてはいなかった。これから出ようと思っていたところだったのだ。
忙しかったせいで空腹は感じてなかったのに、急にお腹が鳴ったらどうしようと突然不安になった。
タイミングが悪くそういう時絶対あたしのお腹は音を立てる。
本当に、お願い今だけはやめて。
キュルキュル──。
シンとした廊下に響き渡ったお腹の音は、いつもよりも遥かに大きい。
恥ずかしい。
死にたいぐらい恥ずかしい。
どうして、よりにもよってこんなに人気のない場所で話しかけるの。
「ふはっ、お腹空いた? 俺も昼まだだから、一緒にどう?」
「へ、へ……っ!?」
三条課長が眩しいぐらいの笑顔を向けてくるから、一瞬にして恥ずかしさが飛んでいった。彼の笑顔につい見惚れてしまい、あたしはポカンと口を開けたまま固まった。
その直後。三条課長が話しているのは、あたしなのだと実感して。
恥ずかしいより、あたしに今笑いかけてくれてる。
麗じゃなくて、あたしの目を見て話してくれてるんだって、感動で泣きそうだった。
あれ……今彼はなんて言った?
もし三条課長があたしの恋人だったらなんて、いつもの妄想で聞いた空耳かもしれない。
ほかの誰か、実はあたしの後ろに麗がいて「行きます」と言ったら「キミに言ったんじゃないよ」そんなオチが待ってたり。
「白崎さん?」
「ひゃいっ!」
「ひゃ?」
「いやっ、ち、ちが……っ、イヤじゃなくてっ! そうじゃなくてっ!」
絶対に呆れられてる。バカな子だと思われてる。焦っているせいで、身体はじっとり汗ばんでしまうし、顔は真っ赤に染まっているだろう。
短大を卒業して社会人になって二年も経つのに、こんなまともに会話もできない子だったんだと、思われているのは間違いない。
三条課長にだけは、可愛くなくても仕事ができる子だと思われたかった。せめて仕事では、あたしの存在を認めてほしかった。
会社なのに一人でパニック起こして、三条課長が何の用で話しかけてきたのかとか考える余裕もなくて、自分がダメダメ過ぎて涙がでてくる。
泣き顔を見られたくないから、顔がどんどん下を向いていった。
白い廊下にポタッと涙が一つ落ちたところで、ボサボサの髪の毛にポンと重みを感じた。
「……?」
「うん、やっぱり……白崎さんって可愛いよね」
髪に触れたのは三条課長の大きな手のひらだった。
いい子いい子って髪の毛を撫でるから、ボサボサで艶のない髪はますます横に広がっていく。
「や、や……やめて、ください」
「ごめんね? 嫌だった?」
「嫌とかじゃなくてっ! 三条課長の綺麗な手が汚れちゃうからっ!」
誤解されたくなくて、気づいたらそう叫んでいた。
驚きに目を見開いて、ポカンと口を開ける三条課長の顔を見たのは、あたしが初めてかもしれない。
「……っ、ははっ……あははははっ!」
「うぇっ? な、なにっ? すみませんっ、あたしなんか変なこと言いましたかっ?」
多分……ついでに言うと、爆笑してる三条課長みるのも、あたしが初めてなんじゃ。
でも、もうそれどころではない。
あたしは一体何をしてしまったんだろう。こんなにも笑われるようなことを言ってしまったのだろうか。もう焦りすぎて、数秒前の自分の会話すら思い出せない。
「いや、ごめっ……ごめんね? 話には聞いてたんだけど……何度か挨拶したことあったし、まさかこんな……」
「こ、こんな?」
「うん、こんな可愛い子だとは思わなかった」
夢を見てるのかもしれない。
あたしにとって都合のいい夢。
「うそ……うそだぁ」
お決まりでギュッと頬をつねったら、当たり前だけど痛い。
頬をつねるあたしの手を男らしい長い指が包んだ。
「ココ、赤くなってる。ダメだよ?」
手が頬から離れると、赤くなったところを人差し指でスルッと撫でられる。
見せてと端正な顔が近づいてくる。空腹でお腹は鳴ってしまったが、むしろ昼食前に話しかけられたことに感謝したいぐらいだ。
ラーメンや餃子は大好きだけれど、今日だけはお腹が鳴ってでもネギの匂いをさせてなくてよかった。
いつものように、歯を磨いたあと匂いをマスクでごまかしてなくて本当によかった。
「……白崎さん?」
背後からかけられた声で、それが誰のものかわかってしまった。
麗と一緒の時にしか聞けない、耳心地のいい低音ボイスは、三条課長のものだ。
「あ……はい」
どうしよう、緊張で口の中がカラカラで、ドクドクと早鐘を打つ鼓動が三条課長に聞こえやしないかと不安になる。
本当はもっと可愛く笑いながら振り向きたかったのに、唇を噛みしめているせいで仏頂面で低い声になってしまった。
麗が近くにいてくれればまだ普通でいられたが、残念ながら彼女は別のお客様の接客中だ。それにしても、仕事でかかわりのない三条課長が、どうしてあたしに声をかけたのだろう。いつもは麗のついでなのに。
しかも、午前中に明日の披露宴の打ち合わせを終えて、あたしはまだ昼食にありつけてはいなかった。これから出ようと思っていたところだったのだ。
忙しかったせいで空腹は感じてなかったのに、急にお腹が鳴ったらどうしようと突然不安になった。
タイミングが悪くそういう時絶対あたしのお腹は音を立てる。
本当に、お願い今だけはやめて。
キュルキュル──。
シンとした廊下に響き渡ったお腹の音は、いつもよりも遥かに大きい。
恥ずかしい。
死にたいぐらい恥ずかしい。
どうして、よりにもよってこんなに人気のない場所で話しかけるの。
「ふはっ、お腹空いた? 俺も昼まだだから、一緒にどう?」
「へ、へ……っ!?」
三条課長が眩しいぐらいの笑顔を向けてくるから、一瞬にして恥ずかしさが飛んでいった。彼の笑顔につい見惚れてしまい、あたしはポカンと口を開けたまま固まった。
その直後。三条課長が話しているのは、あたしなのだと実感して。
恥ずかしいより、あたしに今笑いかけてくれてる。
麗じゃなくて、あたしの目を見て話してくれてるんだって、感動で泣きそうだった。
あれ……今彼はなんて言った?
もし三条課長があたしの恋人だったらなんて、いつもの妄想で聞いた空耳かもしれない。
ほかの誰か、実はあたしの後ろに麗がいて「行きます」と言ったら「キミに言ったんじゃないよ」そんなオチが待ってたり。
「白崎さん?」
「ひゃいっ!」
「ひゃ?」
「いやっ、ち、ちが……っ、イヤじゃなくてっ! そうじゃなくてっ!」
絶対に呆れられてる。バカな子だと思われてる。焦っているせいで、身体はじっとり汗ばんでしまうし、顔は真っ赤に染まっているだろう。
短大を卒業して社会人になって二年も経つのに、こんなまともに会話もできない子だったんだと、思われているのは間違いない。
三条課長にだけは、可愛くなくても仕事ができる子だと思われたかった。せめて仕事では、あたしの存在を認めてほしかった。
会社なのに一人でパニック起こして、三条課長が何の用で話しかけてきたのかとか考える余裕もなくて、自分がダメダメ過ぎて涙がでてくる。
泣き顔を見られたくないから、顔がどんどん下を向いていった。
白い廊下にポタッと涙が一つ落ちたところで、ボサボサの髪の毛にポンと重みを感じた。
「……?」
「うん、やっぱり……白崎さんって可愛いよね」
髪に触れたのは三条課長の大きな手のひらだった。
いい子いい子って髪の毛を撫でるから、ボサボサで艶のない髪はますます横に広がっていく。
「や、や……やめて、ください」
「ごめんね? 嫌だった?」
「嫌とかじゃなくてっ! 三条課長の綺麗な手が汚れちゃうからっ!」
誤解されたくなくて、気づいたらそう叫んでいた。
驚きに目を見開いて、ポカンと口を開ける三条課長の顔を見たのは、あたしが初めてかもしれない。
「……っ、ははっ……あははははっ!」
「うぇっ? な、なにっ? すみませんっ、あたしなんか変なこと言いましたかっ?」
多分……ついでに言うと、爆笑してる三条課長みるのも、あたしが初めてなんじゃ。
でも、もうそれどころではない。
あたしは一体何をしてしまったんだろう。こんなにも笑われるようなことを言ってしまったのだろうか。もう焦りすぎて、数秒前の自分の会話すら思い出せない。
「いや、ごめっ……ごめんね? 話には聞いてたんだけど……何度か挨拶したことあったし、まさかこんな……」
「こ、こんな?」
「うん、こんな可愛い子だとは思わなかった」
夢を見てるのかもしれない。
あたしにとって都合のいい夢。
「うそ……うそだぁ」
お決まりでギュッと頬をつねったら、当たり前だけど痛い。
頬をつねるあたしの手を男らしい長い指が包んだ。
「ココ、赤くなってる。ダメだよ?」
手が頬から離れると、赤くなったところを人差し指でスルッと撫でられる。
見せてと端正な顔が近づいてくる。空腹でお腹は鳴ってしまったが、むしろ昼食前に話しかけられたことに感謝したいぐらいだ。
ラーメンや餃子は大好きだけれど、今日だけはお腹が鳴ってでもネギの匂いをさせてなくてよかった。
いつものように、歯を磨いたあと匂いをマスクでごまかしてなくて本当によかった。