あなたがすきなアップルパイ
お姫様は白馬を待つばかり?

03.女の子の憧れは


 彼と二人の甘い生活は、順調に進んでいた。
 何も変化のない日々を過ごし、お互い仕事も順調にこなしていた。
 
 夜に彼と暮らすマンションに帰ってきて、リビングで寛いで一緒に食べるアップルパイの味も、いつもと変わらないほんのりとした甘さだった。
 
 
 
 
 
 
 
 
 お昼のピークを過ぎる頃になると、従業員達もバックヤードで一息吐きながら仲良く談笑する光景がよく見られる。
 そしてこの日、一番話題に上がったのが、同僚のとある事後報告であった。
 
 莉子が前半戦を終えてバックヤードに戻ってきた頃には、同僚達の間で例の話が盛大に盛り上がっていた。
 莉子は一人何のことやらわからない様子で室内を見回し、そこで出入り口のそばにいた同僚にどんなことがあったのかと経緯を尋ねた。
 
 その同僚は嬉々として莉子に、話の中心にいる一人の同僚の件を語ってくれた。
 
 
 
「宍戸が今度結婚するみたいだよ」
 
 
 
 どうやら長年付き合いがあった恋人から、ようやくプロポーズを受けたらしいと、その同僚の長年の想いが実を結んだことを同僚のみんなで祝福してあげているらしい。
 
 同僚の結婚話は、莉子にとってもまたとても喜ばしいものだ。ささやかながらお祝いのコメントを送ると、花嫁の可愛らしい笑顔に癒された。
 
 
「店長には少し前から相談してて、結婚したらお店をやめることになるけど……」
 
 
 
 結婚を機に寿退職することは、よくあることだ。それが一部の女子達の憧れでもある。
 
 祝福から同僚がいなくなる悲しみに暮れる雰囲気が広がる中、バックヤードの隅で莉子は自分自身の身の上のことをふと考えてみた。
 
 
 
「いいな、寿退職」
 
「私も誰かと結婚したいわ」
 
「次に電撃発表するのは誰なのかしら?」
 
 
 休憩の間にいつの間にか話は先程よりも盛り上がり、次に誰が結婚するかの探り合いに発展した。
 
 しかし、なかなか候補が挙がらないようだ。
 女だらけの職場にはなかなか出逢いがないものだ。
 
 
 そんな中、莉子の隣にいた同僚が口を割った。
 
「そういえば、莉子は彼氏と同棲中だったね。有力候補かな」
 
「くあーっ! 同棲中か!」
 
「こいつは手強いな」
 
 その同棲の発言に、バックヤードのデスクの上に独身の憎しみを拳に込めて叩きつけるその他の同僚達。女社会特有の少し怖い光景だ。
 それを目の当たりにして、莉子はとにかく気の休まる場所を探し求めた。
 
「この女の巣窟の中で、お店のお客さんを落としたやり手だもの」
 
「また同僚に先を越された……」
 
「み、みんなどうしてそんなに詳しいの……」
 
 
 莉子の恋人のことまで、ここでは話が行き届いていることに目を見開く。女の情報網はさすが舐めてはいけない。なんとなくこの空気に居心地が悪くなる莉子である。
 
 もう居た堪れなくなり、時間より十分も早くお店の方に引き返していった。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 店内に漂う洋菓子の甘い芳香が、莉子の胸に閉じ込めていた記憶の輪郭を撫でる。
 
 
 莉子には、昔から憧れていたひとつの夢がある。
 
 
 
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