あなたがすきなアップルパイ
運命は待ってくれないの

05.閑古鳥が鳴いている


 平日のお昼には閑古鳥が鳴いている。
 
 
 今日も色とりどりの甘いお菓子を並べたショーウィンドウの前で退屈を凌いでいる莉子のもとに、洋菓子店『Anna』の店長である御堂が軽快なステップを踏んで、ぼんやりと店番をする彼女の肩を後ろから叩く。
 気さくな人柄で、男性でありながらその心は誰よりも夢見る少女の輝きを抱き、とにかく可愛い物や甘い物に目がない。
 
 元パリコレモデルという華々しい経歴もあり、その外見はスレンダーな身体と数多の女性を虜にするハンサムな男前の二刀流を持ち合わせるが、その素材をアレンジした奇抜な化粧とラズベリーカラーの頭髪が、せっかくの彼の持ち味を跡形もなく殺している。
 その内面も非常に女性らしく、言葉遣いから所作まで繊細な女性らしさがあり、女の子とのガールズトークから恋愛相談まで幅広く熟知し、同業者である莉子達にさえプライベートや自身の年齢を非公開にしているほどの徹底ぶりである。ある意味女の子達のカリスマ的存在なのである。
 それはそれで似合っているし、女性の憧れとなる地位を確立しているが、莉子には少し勿体ない気がしている。それでもこうして気兼ねなくフレンドリーに話しができる相手であるのは、彼の趣味のお陰であるのかもしれない。
 
 
 
 
 
 御堂とは普段からお店に飾るお菓子の話などで盛り上がるのだが、この日は御堂の口から珍しく別の話題が飛び出してきた。
 
「葵ちゃんも、とうとう結婚かぁ。お店も寂しくなるわねぇ」
 
 先日の同僚の結婚話を、莉子の隣で淡々と話し始める。自然と話題に上がるのも仕方ないが、傍らでそれを耳に入れる莉子には複雑な心境である。
 
 
「結婚には、女の子の夢がたくさん詰まってるもの。大好きな人の、たった一人のお姫様になれる特権。女の子なら当たり前に願うものよね」
 
 
 
 
 大好きな人の、ずっとそばにいられる特権――。
 
 
 莉子もそうなることをいつかは望んでいた。
 大好きな人の隣でずっと可愛いお姫様でありたい。
 
 けれど、あの夜から彼の返事を聞かされることはなく、何もないようにお互い振る舞っている。夜遅く家に帰って新谷が優しくしてくれる度に、莉子はいつもどこかで不安に駆られている。
 
 
< 16 / 39 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop