最後の男(ひと)
エピローグ
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「来ちゃった」

シトラスの香りが広がるスーツの胸から顔を上げて、にこりと微笑む。
技とらしく小首を傾げてアピールしてみたのに町屋先輩はつられて笑ったりはせず、まじまじと顔を覗き込むと、私の前髪の上からコツンと自分の額をぶつけた。その目は少し厳しい。

「来ちゃったって……。簡単に、来ちゃったする距離か? 10,000キロ以上あるんだぞ」

ここは、ニューヨークの一角。
つい2分程前、先輩の姿を見掛けたと同時に駆け寄って呼び止めていた。
振り返ってすぐ行き交う人の中から私を見つけ出した先輩は、痛いくらいに私を強く抱き締めて歓迎してくれた。

「さっきは盛大に抱き締めてくれたのに、喜んでくれないんですか?」

「一香が柄にもなくぶりっ子するから、少し冷静になったんだよ。仕事は大丈夫なのか?」

「一番先に心配なのはそこですか? 大丈夫です。この日に合わせてしっかりスケジュール調整してきたので問題ないです」

「じゃあ、万が一、俺と会えなかった場合のことは考えてたのかよ」

とはいえ、ラッキーな事に初日から会えた。13時間のフライトの後そのままホテルでチェックインして、その足でここまで来た。

「とりあえず、先輩の出勤と帰宅時間に合わせて、あそこのカフェに陣取るつもりでした。折角だから観光もしたいし、その他の時間は博物館とか色々リサーチしてあります」

あそこ、と言って指さしたのは、先輩が住むアパートの斜め向かいに古くからあるというカフェ。そこのレモンパイが美味しいと教えてくれたのは何を隠そう先輩だ。休みの日は大抵奥のソファ席でぼんやりしたり本を読んだりしているとエアメールに書いてあった。

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