愛されざかり~イジワル御曹司の目覚める独占欲~




「桜が……消えた」


私の小さな呟きは電車の音でかき消される。

見上げた目線の先には、この前まで綺麗に咲いていた桜がその姿を変えようとしていた。
気が付けばあっという間に葉桜になっていたのだ。いや、もうほとんど桜なんて残っていないと言える。


「いつの間に……」


疲れ切った体に鞭を打って電車から降りた先で、私は思わず足を止め、それを眺めた。
最寄駅の側に咲いている一本の桜の木。先日までピンクで一色だった桜は、今ではもう八割は緑色だ。

夜も22時を過ぎれば暗すぎて、その微かな残りの桜すらもよく見えない。
桜の寿命が短いのか、仕事が忙し過ぎて町の変化に気が付けなかったのか。
まぁ、後者だろうなと納得する。

今週も明日が終われば休みだ。そしたら遅いお花見でもしようかな。
いや、その頃には完全に桜も散ってしまうのではないだろうか。

そんなことをボンヤリと考えながら、先日引っ越したばかりの自宅へ向かった。


私、朝比奈里桜(28)は下着メーカーの企画部で働くOLだ。
昨年、総務部から念願の企画部へ異動となったわけだがそれが想像以上に忙しく、イベント時期は残業続き。
疲れた体にまた時間をかけて帰るのがしんどくなって、この春、会社にほど近いマンションへと引っ越したのだ。

少し小腹も空いたが疲れの方が優先しており、シャワーを浴びて早くベッドへ入ろうとどこにも寄らずに家路を急ぐ。

春の新作イベントが終われば少しは落ち着くかなぁ。

そんなことをぼんやりと考えながらマンションへたどり着くと、やや大きめの話し声に振り返るとマンションの門横で男女がもめていた。
正確には、マンション一階に入っている小児科のクリニック前で、だが。

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