言い訳~blanc noir~
12年ぶりの再会 Ⅱ
***


「ふーん。何となく猫を連れた人が椎名さんのマンションにいたのは覚えてる。だけど何だかんだ言って私以外に女がいたって事じゃない。それならそうと言えば良かったのに」


 足を組みかえた美樹はガラスポットのハーブティーをカップに注ぐ。

 陽の光がカフェの窓から麗らかに差し込み、美樹の黒髪を照らしている。12年ぶりに、こうやって美樹と向き合い、ひと時を過ごしている事が不思議に思える。

 窓辺に目を向けた和樹はコーヒーを口にした。


「マンションで鉢合わせときは、まだ沙織とはそういう関係でもなかったけどね」


 ティーカップを口に運んだ美樹が、何を思ったのか鼻で笑った。


「だいたい男ってどうして不幸な女が好きなんだろうね。面倒じゃないの? そんな重たい過去を背負った女なんて」


「面倒とかそういうふうには思わなかったよ」


「もしかして私のほうが面倒だったって話?」


 美樹の言葉に和樹がふっと目を細めた。


「あの頃の美樹ちゃん、若かったよね」


「だから私が面倒だったのかって聞いてるの。はぐらかさないでよ」


「さすがにマンションで何時間も彼氏の帰りを待つ女って一般的に面倒じゃない?」


「深夜の公園で猫とベンチに座ってる女のほうがホラーだと思うけど? まあ、好きだったら重たい事しても許されるのね。男って本当に勝手がいい生き物だと思うわ」


 美樹が呆れたように息を吐く。


「私、椎名さんと別れた後、1年後に主人と出会ったの。そういう話って耳にしなかった?」


「知ってたよ。資産家の息子って噂になってたよ。でも美樹ちゃんが結婚するって聞いたときはちょっと驚いたな」


 そう言うと美樹が誇らしげな表情を浮かべた。


「男って振った女をいつまでも所有物みたいに思うところがあるわよね」


「確かにね。男って単純だから」


「それで? 沙織って人とどうなったの?」


「幸せだったよ毎日」


 窓の外に目を向けたまま、和樹が浅く笑った。

 こんなにも寂し気な笑い方をする和樹を、美樹は見たことがなかった。


「幸せだったのに、寂しそうに笑うんだね」


 和樹は何も言わず、外の景色をただ眺めているだけだった。



―――沙織を思い出すとき、沙織はいつも笑っている。

 その笑顔をずっと見ていられるものだと、あの時はそう信じていた。
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