好きな人は策士な上司(『好きな人はご近所上司』スピンオフ)

お世話係ではありません

『どうしていつも藤井さんに居場所を伝えるんですか?』
『んー? 部下だからね』
『私も桔梗さんの居場所をいつも知りたいですよぅ』

のらりくらりと至近距離で交わされる出口のない会話。
プロジェクトのために、今日は閉店後簡単なレイアウト変更が行われている。配線や大型のキャビネット等を動かす作業は後日、専門業者さんがしてくれるけれど、細々した棚や自力で動かせるものを今は整理しつつ作業している。各係が忙しい合間を縫ってヘルプに来てくれている。

桔梗さんは図面に目を落し、全体を見回しながら指示を出す。瀬尾さんはまだ帰社していない。『瀬尾さんが指揮しないんですか』と外出前に尋ねたら『全体を見て何が最良かを判断して采配を振るうのにアイツほど適した奴はいないよ』とあっさり言われた。『適材適所の判断でアイツの右に出る奴はそういない』とも。眼前で繰り広げられる甘ったるい会話からは想像もつかないけれど。実のない会話をしながらも、視線は常にフロアを見据えている桔梗さんに、瀬尾さんの意見はあながち嘘ではないかもと思った。

『藤井さん! トナーありますか?』
突然、ほかの係の人に声をかけられる。
『どのトナー?』
『一番プリンターの』
困ったように預金係の女性に言われて、私は即座に返答する。
『ああ、それはあちらの棚です。使用済みはこっちに持ってきてください。業者さんに連絡しますから』
『はい。あ、補充ってしたほうがいいんですか?』
踵を返しかけた女性に、思い出したようにもう一度尋ねられた。
『大丈夫、明日二番プリンターと一緒に発注しますから』
そう答えるとほっとした顔を向けられた。
『ありがとうございます』

いつもの会話、私だけではなくこの二階フロアの人にも普通の会話。だけどほかの係の女性ではそうでもなかったよう。


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