好きな人は策士な上司(『好きな人はご近所上司』スピンオフ)
「一緒に帰りたいけどまだ仕事が残っているから」と桔梗さんが残念そうに私を再び抱きしめた。
わざとなのか、タイミングを見計らっていたのか、資料室に、コツンと誰かの靴音が響いた。

「時間切れ、だな」
ニッと桔梗さんが口角を上げる。
「そろそろ藤井を解放してやれよ?」
開いた扉から顔をだしたのは瀬尾さん。どうしてよいかわからずに焦る私をそっと自身の背中に隠す桔梗さん。
「監禁してるわけじゃないのに、失礼だな、潤」
平然と言い返す桔梗さん。
「どうだか。受け入れてもらえたの? お前の告白」
呆れたように言って、瀬尾さんが桔梗さんの背後の私を心配そうに見やる。
「ああ」
満足そうに桔梗さんが返事をする。
「……だろうな、お前の顔を見たらわかる。藤井、嫌なことはちゃんと言えよ?」
何の心配かわからない助言をして「藤井を早く退社させろよ」と言って瀬尾さんは出ていく。
どうやら桔梗さんは瀬尾さんに協力してもらって、資料室に人払いをしてもらっていたらしい。
言われてみればここ、職場! なのに、私、何した!? 抱きしめられて、キスまでして、しまって……!
「きっ、桔梗さんっ!」
慌てて私は上司の名前を呼ぶ。
「大丈夫、ここ防犯カメラないから」
私の考えを読んだかのように、平然と言う桔梗さん。
「そっそういう問題じゃないです!」
カアッと頰に熱が集まる。
「だって藤井、応接なんかに呼び出したら絶対に警戒して逃げるだろ?」
今さらながら焦る私を引き寄せて桔梗さんは優しく笑う。
何でこの人はそんなことまで冷静に分析してるの! どれだけ細かいことに頭が回るのよ!

桔梗さんが有能、策士、と言われている片鱗を見た気がした。

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