好きな人は策士な上司(『好きな人はご近所上司』スピンオフ)

恋人にはなれません

二月に入って雪まつりが始まり、札幌の街並みが賑やかになる。大通公園は連日、人で溢れていた。暴風雪になる日がここ数日は少なく、気温が平年よりも上昇し、安全のために壊されてしまう雪像もあった。

もうすぐバレンタインデーを迎えるため、近隣の商業施設には可愛らしいピンク色のハートの飾りが目を引く。
「何でバレンタインチョコ、自分で作らないのよ?」
納得がいかないといった表情を浮かべる菜々。
またしても私は菜々にバレンタインチョコの買い出しを手伝ってもらっていた。
「……重い、から」
日曜日の昼下がり。
ランチにパンケーキが食べたいと言う菜々のリクエストで大通にあるカフェにやってきた。ちょうど来客が落ち着いた時間帯で、待つことなく席に着くことができた。
大きなガラス窓の向こうに見える青空は悲しいくらいに澄んでいた。久しぶりの青空は最近沈みがちだった私の気持ちをほんの少し明るくしてくれた。道路脇に寄せられて茶色く積み上がった雪をぼんやり眺める。
「彼氏ができたらまずは手作りでしょ?」
菜々が怪訝そうに言う。

あの日。
喫茶『桜』で、気づいてしまった自分の気持ちを今、私は必死で隠している。あの日は一緒に過ごせる自信がなく、桔梗さんが少しだけ席を外した瞬間に、運よく休憩中だった菜々に連絡をしてスマートフォンに電話をかけてくれるように頼んだ。
菜々は私の不審な行動を訝しみながらも電話をくれて、それを言い訳に「急用ができた」と言って自宅に無理矢理戻った。桔梗さんは心配そうな表情をしていたけれど、私は逃げるように帰った。
それから菜々には、事情を話した。菜々は呆れながら私の話を聞いて「桔梗さんときちんと話しなさい」と言った。桔梗さんとはあの日以来、ふたりで会っていない。 

< 84 / 163 >

この作品をシェア

pagetop