大江戸ロミオ&ジュリエット

志鶴は「北町小町」などと呼ばれて、うれしいと思うたことなど、ただの一度もなかった。

「北町」でも、志鶴と顔を合わすたびに騒めく(おのこ)たちとは裏腹に、おなごたちからは意地悪く妬まれた。

おなごばかりで集う寄り合いの際には、年嵩(としかさ)の者から、わざと聞こえるように、
「町家で評判じゃと思うていい気になっておる」
「町家で色目を使(つこ)うておる(あかし)じゃあるまいか。はしたなきおなごじゃ」
と、幾度も陰口を叩かれた。

同じ年頃の娘たちからは、
「うちの母上が、志鶴ちゃんと比べられて縁遠くなると困る、と申すゆえ」
と云われ、いつしか一緒にいることさえ避けられるようになった。

挙句には、嫁入った先で、夫からまでも蔑まれるようなことを云われてしまった。


我が寝間へ戻るために、渡り廊下を通っていた志鶴はふと足を止め、中庭の上空を見上げた。

ちょうど、暗い雲がみるみるうちに、白い月を覆い隠していくところだった。

「わたくしめに『北町小町』などと名づけた者を恨みまする……」

志鶴は思わず呟いた。

「……『三年』は、(なご)うございまする」

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