彼の隣で乾杯を
もしかして、この人事、この人が私を推薦したんだろうか。
そんな思いがよぎるけれど、すぐに考えるのをやめた。そんなことを口にしてもこの人が私の欲しい答えを口にするとは思えない。

この人が早希のところのタヌキには及ばないもののかなりの策略家だと知っている。
私とこの人との個人的関係は3年前のあの時に終わったのだから、私が今ここに呼ばれたのは個人的理由ではないはずだと思いたい。

でも、
この裏に誰かの何かの思惑があるのだとしても、私は私の仕事をするしかない。それがこの会社の人事だというのなら。

私は背筋をのばした。

「一点、確認ですが」
私は口を開いた。

「何?僕で分かることなら」

「先程部長がイタリア支社設立の話もされていたと思うのですが、私にも赴任の可能性があると考えてもいいのでしょうか?」

「そこは気になるところだよね」主任はうんと頷いた。

「実はイタリア支社に関しては俺も詳しい説明を受けていない。設立は決まっている。だが、誰が責任者で何人赴任するかとか僕も聞かされてないんだ。設立に関する下準備はもうすでにドイツ支社の方で始まっているらしい」

え?
「でも立ち上げに関わるんですよね?」

「そうなんだけど、そっちは何かあれば手伝う程度で、実働部隊はドイツにいるらしいから」

「でも、支社長クラスの人事は決定しているはずだと思うのですが」

「多分そうなんだろうね。でも、何も聞かされていないんだ。そこにどんな意味があるのかもまだわからない。
このプロジェクトと同時進行でイタリア支社を設立すると部長は言っていたけれど、実際には我々は支社設立のための業務に関わることはほとんどなさそうなんだ」

それはドイツ支社が動いているからなのか?
まさか、ドイツ支社を閉鎖してイタリア支社を開設するつもりがあるとか?
主任のはっきりしない言い方に戸惑いも感じたけれど、ただこれ以上この人からこの件の情報を引き出すことは無理だと以前の経験から感じ取った。

「小林主任、プロジェクトの詳細と私の役割を教えて下さい」

質問を変えた私に満足そうに笑顔を浮かべるこの男の態度に内心イラっとはするけれど、心の鎧であるポーカーフェイスの仮面をがっちりとつけて気を引き締めると、私はタブレット端末を取り出した。


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