「えぇっ!? 我が国から帝国へ妃候補を……!?」

 朝一番、爽やかな空気の中で少女が声を荒らげた。

 その場所は、エストレーラ王国の王城。
 豊かな大自然に囲まれた小国で、湖のほとりに建つ王城が国の象徴となっている。
 王族と国民の距離がとても近く、普段から穏やかで優しい雰囲気に包まれている国。それがエストレーラだ。

 そんな王城で話しているのは、王女の結婚について。
 肩を落とすようにして、一人の男性が声を荒らげた少女と、それよりも幼い少女の二人に謝罪の言葉を口にする。

「アリア、ルシア、すまない。私が不甲斐ないばかりに……」
「いえ、わたくしこそ取り乱してしまってすみません。それに、お父様のせいではありませんから」

 国王である父のせいではないと言ったのは、この国の第二王女だ。

 名前をアリア・エストレーラ。十六歳。
 深い茜色の髪は、リボンを絡めてサイドで編み込みをしている。ふわりとしたロングヘアーは、その色もありとても目を引く。ピンク色がかった蜂蜜色の瞳は、少し強気なその雰囲気を柔らかくさせる。
 第二王女としての誇りを持ち、国民と積極的に交流をする、料理が大好きな王女だ。

 アリアと一緒にこの場にいるのは、父である国王のイバンと母である妃のソフィア、妹の第三王女ルシアの三人。
 王城にある一室へ、アリアとルシアの二人が呼び出されてこの話し合いが行われることとなったのだ。

「……王女ですから、国のために結婚するのは当然です」

 苦笑しながらも、アリアは妃候補に関することに対しては肯定する。しかしそれは自分のことであって、妹には当てはめたくないと思っている。

 ――ジェーロ帝国っていえば、冷酷無比な皇帝がいるって噂でもちきりなのに!!

 そんなところに、可愛い妹のルシアを行かせるなんてとんでもない。まだ十三歳という若さで、苦労しそうな国へ嫁がせたくはない。
 アリアは大きくため息をつき、父親の提案にどうしたものかと考える。

 ジェーロ帝国とは、ここエストレーラ王国よりもずっと北に位置する大帝国だ。
 つい最近まで戦争をしていて、ジェーロ帝国が勝利するも……皇帝はその命を落としてしまった。
 新たに皇帝に即位したのは、第一王子であるリベルト・ジェーロだ。しかしこの皇帝、十七歳でまだ独身。結婚適齢期なのだが、婚約者すらいない。
 それもそのはず。逆らう臣下の首をはね、反抗した村は焼き払った、という噂が世界中に広がっている。
 そんな場所に、進んで嫁ぎたいと言う姫はいないだろう。

 ……という悪評が、遠いこの国まで届いているくらいだ。
 ルシアもその噂は知っていて、それゆえ顔を青くして震えている。

 しかし今回は、そのジェーロ帝国が花嫁を募集しているのだ。
 皇帝が妃を望んでいなかったのならば問題はないが、大帝国が妃を求めているのに姫を差し出さないわけにはいかない。
 花嫁を差し出さず不快を買い、もし攻め込まれたらエストレーラに勝ち目なんてないからだ。
 どの国も、自国の保身のために姫を差し出そうとしているのが現状だろう。

 ルシアは震える手を押さえつけるように、勇気を出して口を開く。

「わ、わたくしも……この国のために嫁ぐ覚悟はできています。たとえどんなに冷酷で無慈悲な相手だとしても、役目を果たしたく思います」
「ルシア……皇帝の妃になることができたら、エストレーラにとっても大きいでしょう。けれど、わたくしはまだ幼いあなたを候補にすることは反対です」
「アリアお姉様……」

 エストレーラは小国ゆえ、資金や武力があまりない。
 もし近隣諸国から攻め入れられたら、あっという間に支配されてしまうだろう。けれど、ジェーロ帝国と婚姻によって結びつきができれば安心を得ることができるのだ。

 本当であれば、国王だって自分の娘をそんな恐ろしい帝国へ嫁に出したくはない。しかし、国としての判断を優先しなければならないときがあるのだ。
 辛そうな父親を見て、アリアもルシアも苦渋の決断をしたのだということはすぐにわかった。

 アリアは小さく「よし」と呟いてから、国王を見る。

「エストレーラのみんなが安心して暮らしていけるよう、わたくしが嫁ぎます」

 アリアがそう告げると、ルシアが目を大きく見開き慌てる。

「でもでも、ジェーロの皇帝は冷酷無比でとっても恐ろしいという噂ではないですか! お姉様が無理して嫁ぐことなんてありません……っ!!」
「大丈夫よ、ルシア。……それに、わたくしを妃にしてもらえるかもまだわからないもの」

 あくまでも、妃候補だ。
 もしかしたら、他国から来る姫が妃として選ばれてしまうかもしれない。なんてアリアは考える。
 もちろん、正妃でなくとも側室になる可能性は十分ある。

「わたくしが行くことに、お願いだから反対しないでちょうだい」

 アリアの決意を聞き、ルシアはじわりと涙が浮かぶ。すぐに席から立ち上がり、アリアの下まで走りぎゅっと抱き着いた。

「お姉様……っ」
「もう、ルシアは泣き虫ね……」

 アリアは苦笑しながらも、抱きついてきた妹の頭を優しく撫でる。
 行かせたくないけれど、アリアかルシアのどちらかが嫁がなければいけない。第一王女も国のため嫁いだのだから、次は自分の番だとアリアは微笑んだ。


 ***


 話し合いが終わり、アリアは自室に戻ってバルコニーへ出る。
 見渡す景色は、エストレーラの街だ。発展しているとは言い難いが、笑顔の溢れるいい国だとアリアは胸を張ることができる。

「でも、見納めね」

 ジェーロ帝国へ嫁いだら、そう簡単に祖国へ帰郷することもできないだろう。
 いや、冷酷な皇帝ならば城の外へ出してもらうことも難しいかもしれない。

「…………」

 嫌じゃないと言ったら、嘘になる。
 けれど、誰かが行かねばならないのだ。幸いなことに、アリアの精神年齢は実年齢よりずっと高い。きっと妹よりも、上手く立ち回ることができるだろう。
 精神年齢が高い、その理由は――。

「前世の記憶があるから、私は54年も生きてるんだよね。まあ、一回は死んだけど」

 一人になったため、アリアの口調は先ほどよりも楽なものへと変わる。
 口からもれた言葉の通り、アリアには日本人として生きた記憶があるのだ。
 父親の小さな定食屋を手伝い、料理人をしていた。それが生まれ変わってびっくり、異世界で、しかも王女だ。

 最初はひどく驚いたが、なにせ赤ん坊から記憶があったのですぐに慣れることができた。言葉だって成長とともに覚えることができたし、体も健康そのものだ。
 そしてふと、アリアは重大なことに気づく。

「あっ! 帝国に行ったら、きっと料理なんてさせてもらえないよね……!?」

 アリアは料理が好きで、頻繁に厨房に立っている。もちろん、王女が立つ場所ではないと料理人はいい顔をしなかったし、母親にも窘められた。
 けれど、アリアが作り出す日本食を見て、誰もが目の色を変えた。

 それもそのはず。
 この世界に、日本の料理なんてあるはずないのだから。

「お母様は私の作るオムライスが好きで、いつも美味しそうに食べてくれたんだよね。お父様は、厳しいことを言うくせにデザートが大好きだったし……」

 楽しい食卓のことを思い出していると、外からかけ声がしてきた。
 その方向を見ると、少し遠くで騎士たちが鍛錬を始めている。剣を持ち、模擬戦をしているようだ。
 その中に、一際元気に剣を振う少女がいる。「やー!」と声をあげ、小柄な体を活かして俊敏に動き回って相手の男性騎士を翻弄しているのは見事と言っていいだろう。

「シャルルってば、今日もすごいなぁ」

 アリアが見ているのは、騎士団所属のシャルルだ。
 長い蜂蜜色の髪は、腰下まで三つ編みにして結んでいる。深い緑色の瞳は、まっすぐ相手の騎士を捉えて逸らそうとはしない。
 普段はお調子者の一面がある彼女だが、一旦スイッチが入るとものすごい集中力を発揮する。騎士団でも、かなり期待されている人物だ。

 シャルルはアリアの料理が大好きで、いつも食材調達係をしてくれていた。たとえば、森の中で動物を狩り料理に必要な肉を得たりするのだ。

「私がジェーロ帝国に行くとなると、シャルルともお別れかぁ……」

 二人は子供のころから一緒に遊ぶことが多かったので、家族を除けばシャルルとの別れが一番辛いだろう。
 そう思うと、本当にこの国から出て輿入れするのだという実感がわいてくる。
 じわりと涙が浮かんでくるけれど、泣いているわけにはいかない。両親や妹に心配をかけたくはないし、なにより自分が頑張れなくなってしまいそうだったからだ。

 両の頬をパシっと叩き、アリアは気合いを入れる。

「よしっ、ジェーロに行く日までに持っていく食材の準備でもしようっと!」

 楽しいことを考えなければ、毎日が憂鬱で仕方がなくなってしまう。あとでシャルルに猪か何かを狩ってもらって、道中に食べる干し肉でも作ろうかなと考えるアリアだった。


 ***


 季節は穏やかな春先から暑さのにじむ初夏へと移り変わり、アリアがジェーロ帝国へ向かう日がやってきた。

 王城の前に用意されているのは、二頭の馬だ。
 本来、王族の輿入れには馬車を使用するのが通例だけれど、残念ながら今のエストレーラにはあまり金銭の余裕がない。馬車にお金をかけるよりも、アリアがジェーロ帝国で困らないための準備にお金をかけることにしたのだ。

 ――とはいっても、馬で駆けても一ヶ月はかかるんだよね。

 馬車で行くのであれば、その倍の日数はか必要だろう。そのため、正直アリアとしては馬で駆けた方が気持ち的に楽だった。

 そんなアリアが身を包んでいるのは、エストレーラ王国の衣装だ。
 オフホワイトを基調とし、色鮮やかな刺繍がされ腰にはリボンが付けられている。フィッシュテールのスカートは膝丈で、王族のドレスとしては少し簡素かもしれないが動きやすいだろう。

 馬にくくりつけた荷物の最終確認をするアリアを見ていたルシアは、邪魔をしてはいけないと思いつつも、我慢ができなくなって姉の下へと走る。

「おねえさまあああぁぁぁ」
「ルシア! もう、そんなに泣かないで? 可愛い顔が台無しじゃない」

 跳びついてきた妹を抱きしめて、アリアはくすりと笑う。

「ジェーロの皇帝が冷酷無比だとしても、わたくしだって負けないわ」
「……お姉様の料理を食べたら、皇帝陛下もお姉様にめろめろになります」
「っふふ、ありがとうルシア。そうできるように、頑張るわね」
「……はい。絶対、約束ですよ」

 強気なアリアの様子を見て、ルシアもやっと笑顔になる。
 これなら安心だと思い、アリアは両親にも別れの挨拶をして――ふと、一緒に行くはずの侍女がいないことに気づく。
 どうかしたのだろうかと首を傾げると、その悩みはすぐに解決された。

「アリア様~!」
「シャルル!?」

 侍女服を身にまとったシャルルがこちらへ向かって走ってきたのだ。
 158cmと小柄な彼女が、ロングスカートを翻している姿はなんだか可愛らしい。これでアリアより一つ上の十七歳だというのだから、驚きだ。
 その姿を見て、アリアは目を見開く。それもそのはず、シャルルは侍女ではなく騎士団に所属していたはずだ。

「ど、どうして侍女服を着ているの!?」
「ふっふっふ~! 決まってます、騎士団を退職して侍女になったんです。アリア様を一人、ジェーロなんて危険な場所へは行かせません!」
「シャルル……」

 どんと自分の胸を叩き、「護衛もしますよ」とシャルルが誇らしげに笑う。
 長旅になるので、確かに護衛という面を考えると彼女が一緒に来てくれるのは心強い。そのことはアリアも嬉しく思うのだが、懸念が一つ。

「でもシャルル、あなた侍女なんてできるの?」
「……いやあ、今日はいい天気ですね!」


 世話をシャルルに任せるよりも、自分で行った方が早いのではないか……そう思ってしまうアリアだった。

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