恋をしようよ
麻布の交差点

いつもの夏の街を、着流しと雪駄姿で歩く。

いつもの店、いつものお酒、いつもの音楽に包まれて、俺は深呼吸した。

「カズ、ちょっと頼みがあるんだけどさ。」

バーでテキーラのショットを飲んだ後、お代わり奢るよって久地さんに言われてモヒートを頼んだ。

「なんっすか?」
適当に相槌を打って話を聞くと、どうやら女の子系の相談らしい。


「あの子さ、どう思う?」


カウンターの隅っこの方に、一人でしょんぼりと座っている人が居て、薄暗くて男だか女だかも見分けがつなかなったけど、どうやら女の子らしい。

やたら存在感の薄い子だ。
化粧っけもまったくなく、服装もヴィンテージのデニムとプレミア付いてそうな有名バンドのTシャツって格好で、ユニセックスな感じ。

思わずL系かなって思ってしまう。

「何ですか、初めてクラヴに来たとかですか?」

久地さんは面倒見がいいから、女の子が一人でいるのとかほおっておけないんだ。自分のイベントならなおさら。
どんなにブスでダサい子だって、わけ隔てなく声をかけて楽しんでもらえるように努力を惜しまない。

だから、今日のこのロックナイトだって、有名ゲストが居ない日でもそこそこ人が入っていて人気のイベントになっている。

「いいや、あの子うちの常連なんだよ、もう一年ぐらい来てくれてるかな?」

意外にもそんな風に教えてくれて、俺もここには割りと来ているのに、全然気付かなかったなって改めて思う。


「初めて見かけましたよ・・・」

モヒートの爽やかな風味が口いっぱいに広がると、ああ夏が来たなと思う。

せっかくのこんな季節なのに、彼女は楽しんでいないのかなってふと思う。


「あの子さ、この前石井君とトラブっちゃってさ、何とか取り持ってもらえないかなって。」


その名前を聞いて、ああって大体予想が付いてしまった。

石井さんは面食いだからな・・・どうせ彼女に酷いこと言って泣かせたりしたんだろう。

「どうせブスとかいったんでしょ、石井さん。」
冗談交じりでそう聞くと、正解って苦笑いされた。

それは酔ってようがなんだろうが、女の子には絶対NGのワードだよな。


「あの子さ、悪い子じゃないんだけど、クラヴの楽しみ方知らないって言うかさ、まじめっていうかさ、真剣に音楽だけ聞きに来てるって感じなんだよね。そういうの、なんかもったいないって言うか、可愛そうだなって思っちゃってさ。」

相変わらず、久地さんは優しい。
俺なんか、あの子が居ることすら気付かなかったのに、ちゃんと色々な人を見てるんだなって感心する。
そういうところ、俺も尊敬しているんだ。



「いい男にナンパされたら、ちょっと自信付くんじゃないかって思うんだけどさ。」

「いい男って俺っスカ?」

冗談交じりにそういってくれるのは、ちょっとありがたいようなめんどくさいような。

まあどうせ暇だし、ちょっとゲーム感覚なところもあったので、軽くいいっすよって返事をしてしまった。


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