北国電子産業の研究員という『例のサラリーマン』は、私が所属する管理部課長にも面が割れ、警備員にも要注意人物と通達された。
相手も警戒したのか、なつみが応対したあの日以降、オフィスでの目撃情報はない。


奏介が裁判の代理人を続投しているにも拘らず、彼の事務所の方にも、新たな脅迫が来たという話も聞かない。


波風立たない平和な日々を過ごす中で、『私の身の安全のため』という、新婚早々の別居は本来の目的を失くし、私の住み込み茶道修業といった意味合いのみが強まっていった。


裁判まで数日となっても、私の周りは相変わらず平穏で、奏介の仕事も順調のようだったから、私も彼も『諦めたのだろう』と考え、気が緩んでいたのかもしれない。


奏介の事務所に脅迫文を送りつけた上、私を怯えさせるために、何度もオフィスを訪ねてくるほど、強い執念に突き動かされている人だ。
なにも起こらず平和な日々が続いたくらいで安心してはいけなかった。
私たちは、呑気で甘すぎたのだ。


だって、あのサラリーマンの目的は、奏介を法廷に立たせないこと。
上告審初日、当日になっても、油断してはいけなかったのだから。