扉の向こうはいつも雨
4.どうしても知りたいこと
 理解できないまま連れてこられたのはどこかのマンション。

「ここは誰にも知られていない場所だから安心して。」

 ソファの上にやっと下ろされて、その上、履いたままだった靴まで脱がしてくれようとしている。

「だ、大丈夫です。
 自分でやりますから。」

 どんな会話をしているのか。
 呑気な会話にそぐわない関係のはずだけれど、この際、よく分からないままでいい。

 靴を脱いで……だけど腰が抜けているみたいであたふたしていると吹き出された。
 笑った顔は少年みたいで、想像していたものとはかけ離れていた。
 結局は脱いだ靴を受け取ってくれて玄関まで置きに行ってくれた。

 そして改めて桃香の隣に座った。
 ソファには腰掛けずにソファにもたれるように座る。

「お互いに知識の擦り合わせしない?」

「知識の……擦り合わせですか?」

「その前に、何か飲む?
 温かいものがいいかな?」

 柔らかい微笑みを向けられて、一瞬自分がこの人の食糧なのだということを忘れてしまいそうになる。

「あの……ミルクを。
 ホットミルクがいいです。」

「オッケー。待ってて。」

 予想外の展開に頭がついていかない。
 再び立ち上がった彼はキッチンの方へ歩いて行った。

 混乱している頭を分かる範囲で整理すると……。

 私はあの人への生け贄で、本来なら本儀式の場で食べられるはずだった。

 あの時、彼が「逃げるよ」と言ったことからも分かる。
 本儀式から『逃げた』のだ。

 帰る必要のない私が通って来た、待ち人が居ない通路を使って。

 彼も儀式が嫌だったのか……。
 そして辻本宗一郎は春日部蒼太……。
 蒼様なのか。

「はい。どうぞ。はちみつ入りだよ。」

「あ、ありがとうございます。」

 変な図式だ。食糧に食糧を与えている。

 ふっと顔を緩めると「なかなか肝の座ったお嬢さんだ」と彼も笑った。

 今さら毒入りを飲ませるなんてことまで考えつかないくらいに桃香にしてみれば現実味のない出来事だった。

 何かもらったらお礼を言う。……普通だ。
 人間、訳が分からなくなると普通に過ごしてしまうらしい。

 しばらく無言のまま互いに飲み物を体に流し込んだ。
 ホットミルクは優しい味がした。





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