扉の向こうはいつも雨
6.自分の立場
「君は………。」

 苦しそうに目を開けて怪訝そうな瞳を向けられた。

「心配してはダメですか?」

 濡れたタオルをおでこに置いて、ベッドの傍らに椅子を持ってきて腰掛けた。

「馬鹿だなぁ。本当に。」

 言葉とは裏腹に少し嬉しそうに思えたのは自分がそう思いたいだけかもしれない。

「この熱は、もしかして……。
 ううん。もしかしなくても、私を食べないせいですよね?」

 熱くなったタオルを替えながら質問する。
 その質問に彼は軽く笑った。
 そして、おでこに置いた替えたばかりのタオルを手で覆ったせいでそのまま目まで隠れてしまった。

「だから私を食べてくださいって?」

 皮肉たっぷりに言われた後は熱で浮かされた荒い息遣いが続いた。

 荒い息遣いの沈黙の中で「そうですね。そうされたらいかがですか?」と答えた。
 投げやり半分だった。

 どうせ一度は捨てた命だ。
 もうどうだって良かった。

「僕の為に自分の命を差し出すって言うのかい? 」

「私が逃げれば次は妹なんですよね?
 あなたもそう言いましたよ?」

 今、食べられるのか何年後なのか、どの道どうせ食べられるのなら変わらない。
 それなら彼は我慢することなどない。
 我慢して辛そうにしなくとも今すぐ食べたらいい。

 ハァ……ハァ…………。

 辛そうな息遣いだけが静かな部屋にしていた。
 桃香の寝ていた部屋よりも広い部屋はただ広いだけで殺風景などこか寂しさを纏っていた。

 しばらくして荒い息遣いの合間から声がした。

「まだ……食べるには熟れていない。
 僕は偏食なんだ。
 美味しくないモノは食べたくない。」

 思ってもみなかった答えに目を丸くした。
 場違いなのに小さく笑みを漏らす。
 桃香が笑ったのを見て宗一郎は不機嫌そうに呟いた。

「何を笑って……。」

「好き嫌いしてるから風邪をひくんじゃないですか?」

 ハハハッとまた軽く笑って「痩せっぽちの君に言われたくないよ」と力なく宗一郎は言った。

「どうして食べずにいてくれるのか理解に苦しみます。」

 明確な回答が得られるとは思っていない。
 ただ本当に理解できないだけ。

 辛そうな宗一郎の消え入るような声は桃香の質問への答えではなかった。
 消え入るような、それでいて意志の強い声。

「もう、出て行ってくれないか。」

 気に障ることを言ってしまったのか。
 断ち切られた会話は続けることは不可能な空気を漂わせていた。

 近づけたと思ったのは自分だけだった。
 所詮は人喰いとその生け贄。

 やりきれない思いで立ち上がり、部屋を去ろうと扉に手をかけた。
 扉を開ける直前で声をかけられ、立ち止まった。

「そこの机の中にある診察券の場所に電話して来てもらって。」

 一刻も早く立ち去りたい気持ちを押して言われた机の引き出しを探した。

 塚田医院。
 見つけた診察券を手に部屋を出た。

 気づけば今の今までいた部屋には禍々しい空気が漂っており、それが漏れ出ないように急いで扉を閉めた。

 彼とはずっと扉を隔てた関係だった。
 扉を隔てたくらいがちょうどいいのだ。







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