扉の向こうはいつも雨
10.痛い
 腕が鉛のように重い。
 鈍痛からひどい怪我を負っているのが分かる。

 ひどい…………怪我。
 怪我?生きてる!

 目を開けると天井があって、近くの窓からは光が射し込んでいた。
 まばゆい光は外の風に揺れ、瞬いている。

 そうだ。宗一郎さん!

 体を起こすとすぐ近くに宗一郎が眠っていた。
 その凄惨な姿に絶句する。
 眠ってというより倒れているの方が正解かもしれない。

 身につけていた薄手の長袖シャツは袖がビリビリに破られて袖としての機能を果たしていない。
 破れた袖から微かに覗く腕は赤く………。

 ハッとして宗一郎につかまれた自分の左腕を見てみれば、同じように赤い。
 赤いというよりも内出血したように赤黒い。
 咬まれた痕跡はあるものの宗一郎ほどでは無かった。

 桃香の腕にあるのはその一箇所だけ。
 しかし宗一郎にあるのは両腕の至るところだ。
 痛々しいその痕はずいぶん前の光景を蘇らせた。

 まだ春日部が宗一郎と知らない頃。
 資料を拾ってくれた春日部の時計の下の赤黒い痣…………。

「んん………。」

 苦しそうに顔を歪めた宗一郎が目を覚ましそうな気配を感じて、その場から脱兎のごとく飛び退いて逃げ出した。
 怖ろしい光景が脳裏に蘇り、そして宗一郎の惨状を目の当たりにしてその場に居られなかった。

 いくら肝の座ったお嬢さんだと言われた自分でも、あの場所に居座れるほどの度胸は持ち合わせていなかった。

 気づけば与えられた部屋に逃げ帰り、扉に鍵がないかと手を伸ばしていた。
 その手は鍵を見つけられずに宙を彷徨い震え始めた。

 囚われた身でありながら逃げ果せると思ったのかと失笑が漏れた。
 その場に崩れ落ちて傷む腕をつかむ。

 痛い。痛い。痛い。
 腕をつかんだまま、むせび泣いた。




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