ツンデレ黒王子のわんこ姫

いなくなったワンコ

一方、遅い反抗期をエンジョイ?していた芽以は、家出した翌朝には大分の湯布院に到着していた。

夜行列車で揺られるのも、一人旅もこれが初めて。

置き手紙には、

"健琉さんと別れるつもりはありません。桃山家とのお話はお父様自身で解決下さい。私は結婚式の当日まで帰りません。探さないで下さい"

と書いてきた。

なぜ大分を選んだかと言うと、単純に知り合いがいないことと、温泉旅館に泊まってみたかったから。

芽以には特別なブランドへのこだわりも、お金をかける趣味もない。

だから、給料はすべて貯金をしていたのでこの旅の期間くらいなら贅沢もできる。。

「こんなときに役に立つなんて」

フフっと芽以は自笑した。

現在、芽以が向かっているのは、ネット評価で5つ星を記録する高級旅館。

平日なので運良く予約することができた。

由布岳を見ながらの露天風呂が最高だと言われている。

女性一人だと、傷心旅行で良からぬことを考えているのではと警戒されるとネットに書かれていたので、健琉と二人のふりをして予約をいれた。

父に居場所を突き止められてはいけないので、もちろん電話での予約だ。

なにも知らないお嬢様だった芽以だが、社会人を6ヶ月経験して、一般社会のルールを健琉から教えてもらい、少しは賢くなっているのだ。

旅館につくと、女将さんらしき人と仲居さんに挨拶をする。

「急遽、主人の仕事が入りまして、私一人での宿泊となりますが構いませんか?温泉とお食事をとても楽しみにしておりましたのでキャンセルしたくはなくて1人で参りました。もちろん二人ぶんの宿泊費を払わせて頂きます。仕事が片付き次第、主人もこちらに向かうかもしれません」

芽以は生粋のお嬢様だ。凛とした佇まいに自信に満ちた振る舞い。

もちろん、宿代は前金で支払う周到ぶり。

「それに、こちらでゆっくりとお部屋にこもってやりたい仕事もございまして」

仕事のことまで匂わせば完璧だった。

どうやら、満面の笑顔で受け入れてくれた旅館側の信用は勝ち取ったようだ。

言っていることは半分以上嘘だが、3泊4日こちらで過ごして、金曜日に東京へ戻ればいい。

仕事だって、クロカンの商品開発の企画を持ち込んでいる。

広々とした露天風呂つきの離れに案内された芽以は、仲居が去ると、午睡用に備え付けられているベッドにダイブした。

「あー、疲れた」

今回の計画を練るため、夜行列車の中では全く眠れなかった。

芽以は安堵のため息を漏らしたと思ったら、深い眠りに落ちていた。

だから、朝に電源が落ちてしまったスマホを充電することも、健琉に連絡する予定も、すっかり頭から抜け落ちていた。


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