今夜、シンデレラを奪いに
1章

1 ダークネス

「失恋でもしたんですか?」


なんて聞かなければ良かった。


「元気ないですね……まさか失恋でもしたんですか?」と言ったのは冗談のつもりだったのに。


予想外に、くしゃっとした泣きそうな笑顔を返されて、胸にナイフでも突き立てられたような痛みが走った。



「やば……後輩に一目で見抜かれるなんて、カッコ悪いな俺」






ここは会社の最寄り駅に近いショットバー。恋人と来るような雰囲気ではなくて、仕事帰りのサラリーマンを相手にしている飾らない飲み屋。



このお店に最初に連れて来てくれたのも、目の前にいる大好きな人。鴻上颯汰(こうがみ そうた)さん。職種が違うのに何も分からない新人の頃からずっと指導してくれた、ひとつ年上の憧れの先輩。


優しくて、いつも明るくて、無邪気そうに見えるけど人の痛みには敏感で。


いつかは鴻上さんに認めて貰えるような仕事がしたいと思っていたけれど、鴻上さんは戦略事業部という畑違いの部署に異動してしまった。



これまで当たり前のように毎日顔を合わせていたから、急に会えなくなったのが寂しくて、このバーなら鴻上さんに会えるかもしれないと期待して通って。



何度行っても空振りしてたのに、よりによって初めて鴻上さんに会えた今日、出会い頭に失恋するとは思わなかった。





「……それでやけ酒してるんですか?お酒に弱いんだから止めた方が良いですよ」


どうにか表情を取り繕って軽口を叩く。……頑張れ、私。


「リーズナブルに酔える体質って言ってよー」


鴻上さんは、いつもはビールか甘いカクテルを飲んでるのに、今日は大人っぽいショートカクテルを飲んでいる。

先輩にこんなことを思うのは失礼かもしれないけど、ショートカクテルの味に顔をしかめる様子は背伸びしてるみたいで可愛い。


「珍しいお酒を飲んでますね。」


「でしょ? 何故かマスターが奢ってくれたんだ。何て言うんだっけコレ」



マスターが控えめに「ギムレットです」と教えてくれた。確かにギムレットは、今の鴻上さんにぴったりのカクテルだ。



……そして、それは私も同じこと。
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