冷徹社長は溺あま旦那様!? ママになっても丸ごと愛されています
01. アイム・ア・マザー


順を追って説明しよう。

私にはもうすぐ二歳になる娘がいる。

会社は辞めた。心情的には、辞めざるを得なかったと言ったほうが正しい。

未婚の母となり、頭を下げながら十六時に退席し、白い目で見られる生活に耐えられなかったのだ。

なぜ結婚せずに産んだのかといえば、この目の前に座っている男、狭間了(はざまりょう)が……。


「なあ、待って、全然順を追ってない」

「あらそう、失礼。いきなりあなたが現れたものだから混乱してて」

「変わってねえな、その気の強い感じ」


了が不満そうに口を尖らせ、アイスコーヒーをすする。妊娠中と授乳中、二年間にわたって、大好きなコーヒーも紅茶もチョコレートもクリームも、我慢しなければいけなかった日々を思い出した。

彼はさっきから私のほうを見ない。一緒にいた頃の私とは、かけ離れた容姿をしているからだろう。

欠かさなかったネイルも物理的、経済的事情からやめた。爪切りで根元まで切って、やすりで丸くして終わり。明るくしていた髪も真っ黒な地毛に戻り、それなりに手入れはしているものの、美しさとは程遠い。

オフィスファッションなんて遠ざかって久しい。家事の時間を短縮するため、タオルと一緒に丸洗いできるものしか身につけないと決めたのだ。すなわちTシャツもしくはスエットにデニム、以上。

ヒールなんて履けるわけもない。ローヒールパンプス? 母親の危機管理意識をなめてはいけない。危なっかしく走ることを覚えた娘をいつでもダッシュで追いかけられるよう、そして抱っこしたまま履けるよう、スリッポン一筋だ。

すっかり様変わりした自分がガラスに映り込むたび嘆くのはやめた。アメリカのホームドラマの登場人物に似てきたと思えば、少しはハッピーになれる。

インポートブランドがこぞって広告を入れたがるハイエンド女性ファッション誌、『Selfish』の副編集長、伊丹早織(いたみさおり)は、もう存在しないのだ。


「実は、気が小さいくせにさ」


グラスの氷を意味もなくカシャカシャとつつきながら、了がぼそっと言う。
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