Monkey-puzzle
黒縁眼鏡とフラットシューズ





書庫整理部の入り口で山田部長に挨拶をしてから書棚の間へと入って行く。

…のはいいんだけど、少し奥過ぎない?

あのお店の規模の資料はもっと手前にあるはず。


「ねえ、どこを確認したいの?あれってさ…ぶっ!」


資料の場所を気にしながら、歩いていて前方を見ていなかった。突然止まった渋谷の背中に顔からみごとに激突してしまった。


「ちょっと!いきなり止まらないでよ!」


ぶつかった鼻を押さえて少しかがんだら「ザマーミロ」と渋谷がニッコリ覗き込む。
真正面に顔が来た事で、黒縁眼鏡の奥の目が嬉しそうに三日月を描いているのがありありと見えて、鼓動が軽快に跳ねた。


『ほっといて』とか言っといて、どれだけ調子がいいんだろうか、私は。

渋谷の笑顔に今、確実に安堵を覚えた。


「…用が無いなら戻る。」

子供がイタズラをした後みたいに無邪気に喜ぶ渋谷に、とてもじゃないけど謝れないと、退散を決めてきびすを返した途端、背中から渋谷の腕に捕らえられる。


「ねえ真理さん、デートしよっか。」


デ、デート??

予想だにしない提案に、鼓動が早くなった。


「真理さんが『近づくな』って言うから。暫く触れらんないって事でしょ?
だから、可哀想な俺の為の癒しの時間。」


た、確かに『近づくな』的なことは言ったけど、それでデートしていたら意味がないのでは。


「デートしたら大人しくひきさがるつってんだよ?悪い話じゃないでしょ?」
「…一回だけって事?」
「あ、もしかして、俺が引き下がるの嫌んなった?」
「ち、違…」
「前言撤回するっつーなら、このまま二人で外回りにして直帰する?」


唇が首筋に触れた途端に走る甘い痛み。


「し、渋谷…」
「昨日、ちゃんとつけときゃ良かったよ。シルシ。」


強引に肩を押されて正面を向けさせられてすぐに唇が乱暴に塞がれる。


「ねえ…智ちゃんと居て楽しかった?」
「そ、それは…んっ」


返事をする前にまた塞がれる。何度も、何度も角度を変えて降って来るキスは、こぼれる吐息すら掬い取るようで、息苦しさすら感じた。


「ふぅっ…」


渋谷の甘い温かさに拒む力が抜けていく…。脱力感を味わい始めた頃、おでこ同士がコツンと触れ合った。


「…来週の月曜日、休みが重なってんでしょ?その日一日俺と居てよ。」


乱れた息を整えようと必死な私の頭を「すっぽかさないでよ?」と撫でた後、離れて去っていく渋谷。その姿を呆然と見守っていた。

…何しているんだ、私は。
結局、渋谷のペースに巻き込まれて謝れなかったじゃない。
その上、渋谷とデートって。

溜め息を吐き出した瞬間に、はたと気が付いた。

あれ…?
私、前にデートらしいデートしたのっていつだっけ?
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