生け贄の踊り子は不遇の皇子に舞いを捧ぐ
首都ルクソンナッソス

1、踊り子ユノ

 シャン! シャララン!
 市場の賑わいの中にかわいらしい鈴の音が響く。
 かきわけなくては進めないほどの人出の一角に、ぽっかりと小さな空間ができていた。そこから一本の腕が伸び上がる。ほっそりした白い腕だ。つくりの少し小さい、まだ大人になりきらない少女の腕。手に幾つもの鈴のついた小振りの輪を握っていた。一杯に伸ばしたところでしゃんと鳴らす。

 薄茶色のゆるく波打つ長い髪の少女だった。鼻が低いのも愛嬌といった感じのかわいらしい面立ちで、つぶらな碧の目は小動物を思わせる。男物である膝下までの長さしかないチュニカを着ているため、太ももは地面と平行になるくらい高く上がる。袖のないチュニカから伸びる、右側の腕の肩口に近い位置に焼印が刻まれていた。

腕を降ろしながら体を回転させ、体を傾がせ下の方でまた鳴らす。扇情的なポーズで腕を上げるとそのまま後ろに反り返る。口笛と掛声が飛ぶ。
「いいぞー!」
「ユノー!」
 少女はその声に満面の笑顔を見せた。

 踊り終えておじぎをする少女に、見物に集っていた人々が喝采を浴びせた。少女の隣で、髭をたくわえた中年の男が手を叩く。
「さあさ! この踊り子さんも食べている新鮮とれたての果物だよ! 食べれば踊り子さんのようにぴっちぴちになれるよ! さあ寄っとくれ!」
 人垣が散って一部が果物屋の露天を物色しに集ってくる。

店主は忙しくなる前にと慌てて少女にかごを渡した。少女が両手で抱えなくてはならないかごには、一杯に果物が詰め込まれている。
「こんなにいいの? 」
「ああ。お前さんが踊ってくれるとウチは大繁盛だ。また頼むよ」
「ありがとう! 」
 少女は笑顔で礼を言うと小走りで雑踏に紛れていった。

 それを見送る間もなく、客に声をかけられる。
「ちょいと! オレンジちょうだい!」
「ありがとうよ! いくつだい?」
 客の対応をしようと振り向きかけた店主の肩が強い力でつかまれた。邪魔をされた店主はうるさそうに相手を見て、目を瞠り硬直する。

黒の巻き毛に藍の目をした若い男だった。漂白されてない羊毛で織られた黒っぽい衣服を着た者ばかりのこの界隈で、若者の着る純白のチュニカはお目にかかるのも畏れ多い代物だった。その上緋色のマントを身につけている。そんな高貴な身分の御方が下町の市場に現れるなんて、何が起こったのかと恐ろしくなる。

がたがた震え出した店主の心境を解さず若者は顔を近づけて問いかけた。
「さっきの娘は誰だ?」
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