生け贄の踊り子は不遇の皇子に舞いを捧ぐ

13、色仕掛け?

 カスケイオスは本当に人員を回してくれないらしい。セリウスは仕方なく、従者のイケイルスと交代で娘の監視をしている。

 ──観てくれる人がいると張り合いがあるから一人でも観てくれる人がいると嬉しいです。

 娘がそんなことを言っていたなと思い出し、セリウスは見張り交代の際にイケイルスに声をかけた。
「監視するついでに、踊っているところを見てやってくれないか?」
 単調な任務の退屈しのぎにもなるだろう。

 叔父がつけてくれたこの従者は、セリウスの言葉にいつでも応と即答する。
 しかし今回は返答につまった。

 どうしたのだろうかと怪しむと、イケイルスは何ともいえない表情をして顔を上げた。
「それは男女が部屋にこもって“踊り”を堪能せよということですか?」
 踊りの一言の語調を強める。
 それでセリウスは自分の言ったことの意訳に気付いて頭に血をのぼらせた。

 世俗で踊りを堪能すると言うことは、性行為を愉しむという隠喩になる。
 神に捧げる踊りが神との交わりそのものであることからこじつけて、市井で踊りといえば娼婦が客を誘うために踊るものだった。

「いや、その、娘が観てくれる人がいないと張り合いがないと言うから……」
 セリウスは狼狽しながら言い訳した。

 そんなセリウスのことは気に留めず、イケイルスはこぶしを口元に当てて考え込む。
「それはセリウス様を誘っているのではないでしょうか? 色仕掛けでセリウス様を篭絡し、逃がしてもらおうという魂胆なのかもしれません」

「そのようなことはない!」
 セリウスはつい声を荒げてしまった。イケイルスは不審げに呼びかけてくる。
「セリウス様?」
 我に返ると、セリウスは困惑した。
 何故むきになって否定してしまったのか、自分でもわからなかった。

 考え込むセリウスと返答を待つイケイルス、沈黙が始まる。

 と、娘が部屋からそっと顔を出した。
「申し訳ありません。お声が聞こえたのでいらっしゃるかと思いまして。お話なさるのならあたしの踊りを観ながらお話しなさいませんか?」
 セリウスは迷った。娘の言葉が偽りだったとは思わないけど、イケイルスの言葉も無視はできない。

 つい二人を見比べると、イケイルスは先に部屋に入っていった。イケイルスの意図を計りかねながら慌ててあとを追う。

 観客がそろうと、娘は大仰におじぎをして踊りはじめた。セリウスはすぐに娘の踊りに引き込まれた。
 セリウスはこれまでに饗宴で市井の踊りを観る機会があった。肌もあらわに踊る娼婦たちの踊りは目を覆いたくなるほどだったが、同じ娼婦のはずのこの娘の踊りはまるで違う。
 娘の踊りにはいかがわしさがない。動きにねっとりしたものがなく、小気味いいくらいに切れがある。娼婦の踊りが淀んだ水の踊りだとすると、娘の踊りはかっと照りつける太陽のような鮮烈さがあった。

 イケイルスがぼそり呟いた。
「わたしの懸念は取り越し苦労だったようです」
「え?」
「こんな色気のない踊りで色仕掛けなどできません」
 観る人間が違えばそういう解釈になるのか。

「ただ単に踊りを観てほしいと言ったのなら、この娘相当変わってますね」
 イケイルスは率直な意見を口にした。
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