生け贄の踊り子は不遇の皇子に舞いを捧ぐ

16、カスケイオスの提案

 悪巧みを吹き込むように耳元でささやかれた言葉に、セリウスは勢いよく顔を向けた。

 その反応にカスケイオスは満足そうに口の端を上げる。
「お前が軍を率いて蛮族共を追い払ってくれればいいんだ」
 それを聞いて、セリウスは息を飲んだ。

 セリウスの動揺を無視してカスケイオスは続ける。
「今回の祈願祭(スプリカティオ)は蛮族の脅威を退ける祈願だから、お前が蛮族を蹴散らしてくれさえすれば生贄の儀式を行う必要がなくなる」

 聞き終えると、セリウスは落胆してため息をついた。
「私は今、西の防衛線を任されている。アレリウス様が私にその任務をお与えくださるとは思えない」

 興味を退きかけるセリウスの肩を、カスケイオスはぐっとつかんで引き寄せる。
「この間はラティナの兵力を三千と言ったが、それはあくまで守備隊の人数だ。ラティナには心からこの都市を愛する市民たちがいる。足りないのは彼らをラティナのために戦おうと奮起させることのできる指導者だけだ。お前にはそれができる」

 セリウスは目をむいた。
「皇帝陛下の命令もなく兵を挙げれば反逆だぞ!?」
 カスケイオスは、勝つためなら汚い手も必要と説く。
 危険思想のある人物だとは思っていたけど、まさかここまで恐ろしいことを考えていたなんて。

 他人に聞かれたらまずいセリウスの言葉を、カスケイオスは咄嗟に手のひらで阻んだ。人垣から離れ、建物を支える石柱の影にセリウスを引っ張りこんだ。
「帝国を守り切れば、あとはどうとでも言い訳はできる」

 セリウスはカスケイオスの手を退けて、小声で言い返した。
「お前の言っていることは無茶苦茶だ。法を乱せば帝国が乱れるぞ?」

「このまま帝国が滅ぼされてもいいのか? 」
 憤りに息を詰めた表情をして、セリウスはカスケイオスを凝視する。

 いいわけがない。セリウスにだって帝国の現状を憂う気持ちはある。だからこそ日々考えていることがある。

「カスケイオス、お前はその結果がどうなるかわかっていて、私に反逆をすすめるのか? この時節に内乱が起こることの方がよっぽど危険だと思わないのか? 」

 キニスリー、エクソン、ボイー族だけじゃない。大小さまざまな国、部族が帝国領土を脅かしている。帝国民同士が争いを始めたら、帝国軍によってある程度は押えられていた蛮行に歯止めがきかなくなる。

 カスケイオスは自信たっぷりに言った。
「内乱になるわけないじゃないか。ラティナの都市民が自分たちを守るために戦うだけだ。お前はそこに『偶然』居合わせ協力するだけだ」
 セリウスは息を詰めてカスケイオスの話を聞いていたが、言い終えてにっと笑うカスケイオスに大きなため息をついた。

「私は帝国軍指揮官だ。帝国の権威を脅かすような策略には荷担しない」
「帝国の権威など落ちたも同然じゃないか」
 カスケイオスは、こう言いたいのだろう──皇帝の権利を我が物のように振りかざす皇帝補佐の存在が、皇帝の威光を失墜させ、皇帝を頂点に栄華を誇ったルクソニア帝国の権威を著しく損なった、と。

 しかし帝国の栄光はそれだけで失われるものではない。
 セリウスは自らの胸に手を押し当てて強く言った。
「帝国の権威ならばここにある。人々の心に宿る揺るぎない帝国への忠誠心こそが、帝国を支え繁栄させた最大の力なのだ」
 これ以上カスケイオスの言葉を聞いてなるものかと言わんばかりに、セリウスは早足で広場に戻る。

 石柱の影から出て、カスケイオスはその姿を目で追った。
「お前のような盲目的な帝国崇拝者が、帝国を滅ぼすんだ」
 声の余韻に苦さが混じった。
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