生け贄の踊り子は不遇の皇子に舞いを捧ぐ

42、祈願祭直前

 夕食の後に衣装が届けられた。

 真っ白いトゥニカ。それ自体が輝いているかのような光沢のある布地は、ユノの身分を考えたら与えられるものじゃない。けれど今夜の舞台を用意してくれた人々は、ユノにこれをあつらえてくれた。

 これがユノの死装束となる。
 手には鈴、カスケイオスに贈られてからずっと愛用してきたものだ。もっと美しいものをあつらえようかと言われたけど、ユノは首を横に振った。

 もう十分だった。いい部屋に住まわせてもらったし、いい食事を食べさせてもらったし、人の前で踊りたいという願いを叶えてもらってたくさんの人に見てもらった。

 今からも、真夜中なのにたくさんの人が見にきてくれる。

 淡く染められた飾り紐で、ユノはトゥニカの裾を括り上げた。打ち合わせて、最初に娼婦の踊り、そのあとに神官の踊りを踊ることになっていた。ストラではなくトゥニカにしてもらったのは、セリウスが以前足を出して踊ることを気にしていたからだった。ストラだと神官の踊りでも、ちょっと足を動かすだけで太ももまで見えてしまう。それを理由に、セリウスに最期の踊りを見てもらえなくなるのは嫌だった。

 セリウスとはあのあと話せなかった。食事を届けにだけは来てくれたけど、ユノを避けるようにさっさと毒見を済ませて出て行ってしまった。ユノも、どう話したらいいのかわからなくて話し掛けられずにいた。

 カスケイオスに大丈夫と大見得切ったけれど、実のところまだ不安があった。セリウスは何日も前から、これから死ぬというユノより死にそうな顔をしていた。このままユノがいなくなったら更に自分を責め苛んで本当に死んでしまうかもしれない。

 でも気に病むことはないと、どう言ったら解ってもらえるだろう。

 心を込めて礼を言ってみたが、罪悪感から拒絶されてしまった。あの時の言葉を思い出してくれれば多少なりとも心のなぐさめになると思うのだけど、ちゃんとユノの思いを解ってくれるかどうか。他にどうしたらいいのか思いつかないまま今日このときまで来てしまった。今から思いついたとしても、話せる機会はないかもしれない。

 外は次第に騒がしくなってきた。人が集まりつつあるのだろう。ユノの踊りを見に来てくれたのだ。

 そして生贄に捧げられるところも。

 不意にそのことに意識がむいてしまった。衣装の具合を確かめつつ踊っていたユノは、体を強張らせ踊る姿のまま止まってしまった。

 動けない。
 踊り続けようとしても、体がいうことをきかなかった。戦慄きが這い登ってきてかんじがらめなってしまう。その衝動に耐え切れなくなったユノは、自らの体を抱きしめてうずくまってしまった。

 考えまい考えまいと、踊ることで紛らせ押さえ込んでいた恐怖が一気に襲ってきた。

 踊るのは本当に好きだ。でも最初に踊り出した理由は、恐怖から逃げ出すためだった。

 娼婦のデビューを控え、ますます踊るようになったのも、踊ることで娼婦になることの不安を忘れようとしていたからだった。踊っていさえすれば辛いことも悲しいことも、苦しいことも恐怖からさえ逃げることができた。

 なのに踊れない。
 急に湧き上がった恐怖がユノの心身を責め苛み、体の自由を奪ってしまう。

 踊れないと恐ろしい考えが次々に浮かんでくる。
 ユノの踊りを見ると守護神の加護が得られるという噂はユノの耳にも届いていた。みんなありがたがって見てくれた。自分たちが救われたいからだ。
 多くの人を救うためにユノは生贄にされる。それを人々は望んでいる。
 外から聞こえてくる人々のざわめきがユノに死ねと言っているようにさえ聞こえた。

 やめて、お願い。

 ユノは頭を抱え、もだえ苦しんだ。

 そこに、側にいて欲しいと願ってやまない人の声がした。
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