生け贄の踊り子は不遇の皇子に舞いを捧ぐ

47、囚われのユノ

 蛮族たちは都市を出ると丘の上に集結した。手際よく馬を杭につなぎ、一人椅子に座る男を中心に円陣を組む。
 ユノは蛮族の長らしい、その男の前に突き飛ばされた。
 たまらず手をついて倒れる。椅子に座る男はじろじろとユノを眺め回した。ユノは怯えて手足をちぢこませる。

「これが皇帝とやらの妃だというのか?」
 一人が答えた。
「一人特別そうな台の上に立っていた。間違いない」

 男は再度ユノを睨め付けると、不愉快そうに眉間にしわを寄せた。
「……謀られた、か」
「謀られた? どういうことだ、長」

 長と呼ばれた男は、問い掛けてきた者をじろりと睨みつけた。
「どういうこと、だと?」

 長は立ち上がり、恐怖に竦んだユノの腕を乱暴に引きあげ、右腕の焼印を指差す。
「この娘は偽者だ! 帝国は身分を重視すると聞いている。国の長たる皇帝に奴隷ごときが嫁いだりするものか!」
 ユノは地面に突き落とされた。衝撃に息がひきつり目に火花が飛ぶ。

「泣く泣く生贄に差し出した妃を奪われたとあっては皇帝もこちらの要求を飲まざるを得ないと思ったのだが、偽者では何の役にもたたん」
 長は乱暴に椅子に座り直した。

 ユノは蛮族の長の前で這いつくばり、がたがたと体を震わせていた。殺気がびりびりと伝わってきて冷や汗が流れる。

「この娘をどうするか」
 長にじろり視線を向けられ、ユノは竦み上がった。

 恐怖に鳴る歯の合間からかろうじて声を絞り出す。
「お願、い。助……けて。……見、逃して、ください………………」

 こんなこと言ったところでどうにもならないことをユノ自身が一番よく知っていた。見逃してもらうかわりに差し出せるものがユノには何一つない。何の見返りもなくユノの要求を聞いてくれたのはセリウスだけだ。

 セリウス様、セリウス様、セリウス様、……。

 ユノは名前にすがって必死に心の中で呼びつづける。
 待ち受けるのは死か。それとも死よりも残酷な未来か。

 長が一歩踏み出してきて、ユノは無意識に尻を這って後ろに退こうとした。

 しゃらん……
 場違いな、かわいらしい音が響いた。

 長は気付き、ユノに飛び掛ろうと舌なめずりしていた男たちを、手を振って制する。
「その手に持っているのは何だ?」

 震える声でユノは答えた。
「す……鈴です」
「それはわかっている。何の鈴かと聞いている」
「お、踊りの鈴です」

 踊りと聞いて長はあごをさすった。
「確か、踊りの名手と聞いたな。それは本当か?」
 名手かと問われてもわからない。けれど否定すればどうなることか。ユノは恐れつつ頷いた。

「なら踊ってみせろ。上手く踊れたら、酷いことはしないと約束してやってもいいぞ」
 にやり笑う。
 上手く踊れっこないと馬鹿にした笑み。わずかに腹立ちを覚えたが、恐怖の方が上回った。がくがくと足を震わせながら立ち上がる。
 飾り紐はとっくに落としてしまっていた。裾をたくしあげられるものはここにはない。神官の踊りをするしかなかった。

 踊り始めて長の笑みの理由がわかった。こんなに体をこわばらせていては踊れるものも踊れない。思い通りにいかなかった腹いせをユノにぶつけているのだ。

 野次が飛ぶ。
「そんなの踊りじゃねーぞ!」
「もっと腰振れ!」
「足上げろ!」
 そんなことを言われても、足にまとわりつく衣服で思うように動けない。

 足を無理に動かすからユノは見事に転んでしまった。
 びりっと音がする。薄い布地は、転んだだけで裂けてしまった。

「もう終わりか? 帝国の踊り手とはつまらないものだな」
 悔しいけど、がちがちの体は動かない。なけなしの勇気も尽きてしまった。

 ユノのみじめな体にブーイングと物が投げつけられる。
 しゃらん!
 そのうちの一つが、小さな鈴の音を立てた。
< 47 / 56 >

この作品をシェア

pagetop