生け贄の踊り子は不遇の皇子に舞いを捧ぐ

48、反撃

 固く目をつむっていたユノは驚いて音のした方を見た。手に持つ鈴は動かしていない。
 焦点の合いはじめた視界に見覚えのあるものを捉える。手を伸ばしてつかんだ。手に馴染む感触。

 それが幻ではなく本物だとわかったとたん、ユノは起き上がった。裂けた裾を更に裂いて立ち上がり、叫び声を上げる。
「ユノー!」
 掛声で自らを奮い立たせて踊り出した。

 いきなり力強く踊り出した不審げに目をすがめていた長も、やがて熱心に見入るようになった。
 蛮族たちは陽気に武器を打ち鳴らし、かけ声とは言えぬ奇声を発する。
 ユノはその恐ろしい声に萎縮することなく、高まる声に一層激しく踊り狂う。

 踊らなきゃ。
 再び手に戻ってきたのは、連れ去られる際に落とした片割れだ。これがここにあるということは近くに味方がいるということ。
 そしてこれが投げ渡されたということは、踊って蛮族の目を自分にひきつけろという意味だと瞬時に悟った。

 踊らなきゃ、踊るんだ、踊れ!

 心の中で自らを鼓舞する。もしかすると勘違いかもしれない。あの場から知らない間に蛮族の誰かが拾っただけかもしれない。でもそんな不安を頭の中から追い出した。どちらにしろユノは踊るしかないのだから。

 いつしかユノは昂揚していた。恐怖の真っ只中にあったはずなのに、踊りを喜ばれ自然に顔がほころんでくる。やがてほころんだ表情は極上の笑みになった。

 踊りは冴え、輝きを放つ。
 セリウスをも一目で虜にした太陽の踊り。

 蛮族たちはすでに何のためにユノを躍らせたのか忘れていた。興奮して自分たちも体を揺らす。

 ユノの体力の限界が、踊りの終わりを告げる。
 息も絶え絶えに、ユノは地にばったり倒れ伏した。蛮族から歓声があがる。歓声の中、満ち足りた表情で顔を上げた。荒く息をして呼吸を整える。

「大したものだな」
 低く重い声に、蛮族たちの歓声が引いていった。

 ユノは懸命に体を起こしながら、長の顔を睨みつける。さっきまでの笑顔は消え、強い意思に引き締まっていた。

 踊る前までとは比べようもない。まるで別人のようなユノに長は眉尻を上げる。
「娘、俺の床に上がれ」

 ユノは一瞬体を震わせたものの、怯える様子なく、また媚びることもしなかった。動かずじっと長を見据える。

「聞こえなかったか?」
 負けるものか。

 ユノは立ち上がった。大きく息を吸い込む。
「あたしは神に捧げられた生贄! 神の加護は我等帝国にある!」

 その時だった。
「かかれーーー!」
 遠くから声が響いた。その声に呼応して男たちの鬨の声があがる。

「何事だ!?」
「帝国軍だ! 帝国軍が攻めてくる!」

 空はすでに白み始めていた。踊りながら、ユノは蛮族たちの合間に見ていた。薄暗がりの中、丘の下から大軍が忍び寄ってくる姿を。
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