記憶がどうであれ
記憶喪失

1話

 ドキリとした。

「思い出せないのでは無く、忘れたいから思い出さないという可能性もあるのではないですか?
思い出したく無い過去なのかもしれません。
思い出さない事が彼にとっての幸せなのかもしれませんよ?」

 私はそう言い放った彼女をじっと見つめた。

 そうなのだろうか。
 主人がここ二年の事を忘れたのは。
 私へは疑問の表情を向け、彼女へ助けを求めているのは、そういう事なのだろうか。

 彼女は彼の同僚だと聞いている。
 結婚式の際招待客として彼女を見た記憶がある。
 話しをした事は無い。
 彼の友達だと家に遊びに来た人達の中に女性は居なかったから、彼女も特別親しいと認識していなかった。

 だけど、彼女の事は覚えていて私の事は忘れてしまった主人。
 私との生活を幸せだとは思っていなかったのだろうか。

 ここで泣けば彼は私を思い出すの?
 思い出話をひたすら話せは思い出してくれるの?
 …無理なのだろう。
 医師は思い出すのはいつになるのか分からないとそう言った。


 思い出したくもない存在。
 そうなのなら私は綺麗に消えよう。
 それが主人の望んだ新しい人生なのだろうから。
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