記憶がどうであれ

14話

「まさかと思うんだけど…あの男っていうのが元主人だったりします?」
 そうではないと言って欲しい。 違うと…
 元主人への嫌がらせのために私と付き合っている…そんな事は無いと。
 なのに、彼は目をぎゅっと瞑って頷いた…

「そんな…」

 店長からの紹介だった。
 だから信頼していた。
 だけど、店長は確かに彼と知り合ってからの時間は短いと話していた。
 店長を信用させ、私を紹介させて私を通して元主人に復讐したかったの?
 胸が苦しい。
 騙されていたという辛い思いと、そうか、そういう訳か…という納得してしまう気持ち。
 私の容姿は自慢できるものでは無いし、性格もキツイ方だと思う。
 彼の笑顔に癒されて少しは柔らかな印象になっているかもしれないけれど、根本的には何も変わっていない私を彼が好きになるなんて可笑しかった。
 しかも一度も話したことが無い状況での紹介だった。
 私はその日のうちにお付き合いしてみますか?という話しになった事が運命的だとさえ思っていた。
 堅物そうな彼の屈託のない笑顔に騙されて…
 考えてみれば、私が彼を気に入る要素だって少なかった。
 第一印象は気難しそう…老けてると思ったのだから。
 彼からは、何が何でも私に気に入られたいという厭らしさを感じなかった…なのに…

 でも、奥様があの同僚の彼女だったのだ。
 元主人への復讐のために私と付き合ったというのが真実なのだろう。
 彼女と私の共通点なんて一つも無い。
 見た目で言ったら一つも勝てる場所なんて無いのだから。


 彼の話しで解った事がある。
 元主人は彼女からの告白を断っていたという事。
 それは転勤の為に離れてしまうからだったのかもしれない。
 心の底では彼女に好意があったとしても…
 でも、その後彼女は彼と結婚しているのだから、元主人と付き合いがあったわけではないのだろう。
 それを知れただけでも私は良かったのかもしれない。
 元主人がずっと浮気をしていた訳では無いのだと知れた。
 ……ううん…違うのかも。
 私と出会った時はすでにこちらに居た。
 つまり転勤先から戻った後。
 彼女は結婚していたけれど…
 戻ってきた元主人と同じ会社で働いていた彼女との関係がどうだったのかは分からないか…

「まさかあの男が記憶喪失になっていたなんて」
 彼が言う。
「奥さんは何も?」
「ああ、言わなかった」
「店長に私を紹介されたのは偶然では無かったんですね」
「いいや…偶然だよ。
離婚した直後は何もする気が起きなかったけどしばらくするとあの男への憎しみが沸いてきたのは確かだ。
あの男の事を調べて、離婚していた事を知った。
俺が聞いた話しだとあの男の方が妻に執着していた…
だからあの男の妻だった女が離婚を言いだしたのが離婚理由だと思ったし、その妻が離婚を言いださなければ!と逆恨みしてしまった。
だけど、君を探す方法なんて無かった…
君はあの男の友人や知人の誰にも行先を教えていなかっただろ?」
 私は頷く。
「離婚を機に引っ越しをして、このスーパーを利用するようになって暫く経った頃、君を見かけた。
野菜を棚に並べていたんだ…
どこかで見たことがある人だと思って気になったけど思い出せなかった」
 私を見た事がある? 私達の初めての出会いはあの紹介されて会った日のはず。
「そして、数ケ月後また君が店内に居て…俺は妻が大事にしていた写真の中に写っている人だと気づいた」
「え?」
「妻は、君とあの男の披露宴の写真をいつも見てた…」
「いつも?」
「他人の夫になった人だと自制をするためだったのか、ただ君になりたいと憧れて見つめていたのかは分からない。 だけど、妻はいつもその写真を見ていた。
俺は気になって訊いたんだ『誰?』と、すると妻は『同僚の結婚式に出席した時の写真。 凄く幸せそうだったから羨ましい』と言った。
俺と結婚しているのに羨ましいと平気で言う妻に焦燥感が沸いたよ…写真の新郎は妻が好きだった人なのだろうと解ってしまったし」
 私達の披露宴写真をいつも見ていた程彼女は元主人を思っていた…それは、結婚している相手である彼に対してはとても不誠実な行為だと思う。
 だけど、その位彼女の元主人への思いは大きかった証明なのかもしれない。
「気持ちは察しますけど、離婚は記憶喪失が原因で元主人からの希望でした。
私を逆恨みするなんて間違っています」
「ああ…今日その事に気付いたよ。
君と接触したくて何度もスーパーをうろついた。
だけど君とはなかなか会えなかった。 まさか事務が本職とは知らなかったから。
店長は最初俺を不審者だと思っていたみたいで…
話しかけられた時に君の事を聞いてみたんだ。
店長は君へストーカー行為をしているのかと責めてきて、そんなことは無いと必死で説明する時、実は前から気になっていた女性がここで働いている事を知ったけど話しかけるきっかけが無いと相談するみたいになった……店内で会えば話す間柄になって、店長の方から正々堂々君と会ってみたらどうかと言われたんだ」
 店長は自分と重ねたのかもしれない。
 初恋の人と偶然に再会した自分の恋と…
「偶然私を見つけ偶然店長に紹介された…そんな言い訳必要ですか?
関係の無い私を辱めて元主人に復讐したいと思ったんですよね?」
「馬鹿だよな。君もあの男の被害者だったのに」
「被害者だなんて思って無いです。 でも、結婚はするべきでは無かったと思っています」
「何故?」
「二年です。 たった二年の記憶が消えただけ…なのに元主人の記憶から私は綺麗さっぱり消えてしまった。 そんな短期間の付き合いで結婚するべきでは無かったのだと思いました」
「記憶が消えたのは二年分だけ?」
 私は頷く。
「妻との記憶は残っているってことか…あの男は今妻とどんな関係なのだろうな」
「そこは調べていないんですか?」
「ああ。 あの男は君へ未練たらたらだろうと思っていたんだ。 だからこそ君とのハメ撮りを見せつけたいと思った」
「なんて酷い事を考えるんですか!?」
「だけど君はハメ撮りなんて無理だと言った…当たり前だ。 それで良かったんだ」
そう、彼がもしも私とのハメ撮りを元主人に見せたとしても、元主人にしてみれば知らない人が映っているただの個人撮影AVとしか認識しなかっただろう。
「私の事好きでもないのに…どうして付き合う事ができたんですか?」
 ただデートをするだけの付き合いなら可能だろうけど、彼は私を情熱的に抱き続けた。
 あの行為に好意が無かったと言うの?
 …私には信じられない。
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