記憶がどうであれ

25話

「今度のお休み日曜日よね? 会わせたい人がいるんだけどどうかな?」
 私より5歳程年上のパートのお姉さんに問われる。
「そういうの、断ってるの知ってますよね?」
 私は少し怪訝な顔をしてしまう。 確か前にもそう声をかけられた事があり、お断りしたのにって。
「ごめん。 どうしてもって相手から言われたんだよね」
「声をかけてくれたのって結構前ですよね? 同じ人ですか?」
「あっ!!! あの時とは違う人! どちらかというとあっちよりこっちの人の方が私はオススメ!!!」
 あっちとかこっちとか失礼じゃないかな?
「お相手は私が離婚歴あるの知ってるんですか?」
「知らないかな? 私、話してないし」
「じゃあ、話したらあちらから断られると思いますよ」
「でも…別に気にしないんじゃないかと思う。離婚は珍しくないしね。
店内で見て、真面目で一生懸命な人で素敵だな、なんて言ってたから」
 ニヤニヤ笑いながら言われる…
 普通言うかな素敵なんて…恥ずかしすぎ。
「お客様ですか?」
「お客って言えばお客さんだよ? 常連とまでは行かないけど家が近いからたまに来てる人。
私の学生時代からの友達なの。
前に紹介しようとした人はお隣に住んでる息子さんだったんだけどその人は真剣に結婚相手探してたからもうお見合いして結婚しちゃったんだけど」
 …本気のお見合いを打診されてたの? 私は結婚する気はないのに。
「お友達に伝えてください。 誰ともお付き合いするつもりないって」
「どうして? 離婚してもう二年?それ以上か。 彼氏と別れたって聞いてからだって結構経つよね?」
「私…あまり愛情に恵まれない家庭で育ったんです。 だからなのかな。愛を信じられなくて…
だから、結婚する気がないんです。お友達の年齢からいって結婚相手を探されてるんじゃないですか?
私は無理です」
「愛が信じられなかったから離婚したの?」
「愛が…急になくなったから離婚したんです。 私のっていうより相手のですけど」
「辛い目にあったんだね…だけど…ずっと一人で生きて行く気?」
「それ、店長にも言われました。 一人じゃ生きられないよって」
「私は結婚して子供が居るから、店長の言葉に賛成なんだけど…確かに一人で生きて行くことを選ぶ友達は居るし、それを否定する気はないよ…」
「なんかすみません」
「否定はしないけどさ…」
「いつか結婚したいと考えている方とのお付き合いはできないんです」
「折角そのポリシー曲げて結婚したのに、相手の心変わりで離婚か…それじゃあ、無理に男紹介するのも酷だよね…なんかごめん」
 ポリシーを曲げたのでは無い。 あの時は元主人の愛を信じたのだ。
「いえいえ、解っていただければ…」
 明らかに肩を落とすお姉さま。
 私を心配してくれているって解っているし、きっと本当にオススメという気持ちを持っている相手を紹介してくれようとしたのだと解っている。


 今回の休日は日曜日。
 カフェはどこも混み合っているだろうから、本屋で新刊を買って家で読む事にした。
 本屋に行くとなんだか騒がしい…何かな?
 数名並んでいる先に「サイン会」の大きな文字。
 珍しい。誰のサイン会なのだろう?
 何気なく覗き込んだ先に座っていたのは、もさもさ頭の前髪で目が隠れている男性。
 …お世辞にも好印象とは言えない作家さん。
 これは、嫌々サイン会させられている感がまるわかり。
 感じ悪いな…数は少ないけれどこの作家さんのサインが欲しくて待っていたファンに対してこんな風貌なんて。
 私はその列からそっと離れて目当ての恋愛小説が並ぶ棚を目指した。

「あのっ」
 ゆっくりと本を選んでいると声をかけられた。
 振り向くと見上げるほど大きな人……あのもさもさ頭。
「何ですか?」
「めぐちゃんだよね?」
「え?」
「めぐちゃんでしょ?」
「…めぐみですけど?」
「俺! 虹川」
 そう言って前髪を手で上げて膝を折って顔を私の前に近づけた。
「虹川くん…」
 過去にお付き合いした彼、虹川光。
「じゃあ、さっきのサイン会って虹川くんの?」
「うん。 ここの本屋いつも俺の作品の扱い良くしてくれてるんだけど、都合がつかなくてサイン会を何度か断ってたんだ。
新刊出て一ヶ月以上経って今頃のサイン会だから人集まらなくて、もう終了」
 苦笑する虹川くん。
「虹川くんのその髪も原因かもよ?」
「髪?」
「ファンに良い印象持たれないんじゃない? 適当って感じがしちゃうていうか…」
「そうか…そうなのかな。 人前に出るのは極力避けてるんだ。 だからこれが通常なんだけど…」
「ごめん、別にお説教したい訳じゃないんだけど…」
「いや、本当の事だし…」
「小説家になったんだね」
「うん。まだ二冊しか出版してないけど、一応小説家」
「二冊? 私、この前一冊買ったよ。もう一冊出てるんだ、今度買うね」
「え!? 買ってくれたの?」
 私は頷く。
「でも、めぐちゃんが読む様なジャンルじゃ無かったでしょ?」
「私の好み覚えてくれてるんだね」
 クスクスと笑いが出る。
 私も虹川くんの好みを覚えていたから。
「覚えてるよ。 いつかめぐちゃんに読んでもらいたいって思ってたけど、無理だろうなって思ってたから」
「読んだよ」
「新刊の方かな?」
「違うかも、デビューって帯に書いてたし。 あ!? じゃあ新刊買うからサインお願いしようかな。
でも、サイン会終わっちゃったんだよね。無理かな?」
 ミーハーな行動を取った事を反省。
「ぜんぜん大丈夫だよ。 なんだか無理やり買わせるみたいでこっちの方が申し訳ないよ」
「ううん。今度買うって言ったでしょ?
買おうと思った本を今日買うだけだから」
 さっきまでサイン会会場だった近くに平積みされた虹河ヒカル先生の新刊を私は手にした。 
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