記憶がどうであれ

28話

「何故…会いに来たんですか?」
 自分を好きだった女が今でも自分を想っているのか確認したいのだろうか。
 その答えは簡単……彼が望めは私は簡単に抱かれるだろう。
 自信なさげに、自分の選んだ選択が正しかったのかさえ自信のない…憎まれてると知っている過去の女に判断して欲しいという気弱な男。
 そんなダメな男である彼に強く惹かれてしまうのだ、私は。
「君には知らせるべきだと思った…天野さんとあの男は本当になんの関係も無くて、君を傷つけようとした俺の行動は意味などなく、ただ君に辛い思いをさせてしまった。
 謝るべきだと思った…と同時にどの面さげて会いにいくのかと葛藤した」
「言い訳はいいです。 結局…謝りに来たという事ですか?」
「謝りに……君を傷つけて、すまなかった」
 直角に腰を折る彼。 最後の朝もそんな風に頭を下げていた…その謝罪ならすでに受け取っている。
 本当は違うのでしょう?
 私に未練がある?
 私を抱いて自信を付けたい?
 本心を言って欲しい。
「外は寒いです…部屋にあがりますか?」

「そんなつもりは…」
「無かったと? 嘘ばっかり。 私を抱きたかったんでしょ?」
「あっ…そんな事は…」
「奥さんとはしなかったんですか?」
「してないっ!!!」
 必死に否定しても愛の無い相手である私を簡単に抱く貴方なら、よりを戻す気が無くても一度くらい美しい彼女を抱いていないはずがないと思った。
「私の方が好かったの?」
 身体の相性というのは確かに存在するから。
「本当に抱いてない」
「あんなに想っていた人が自分の手の中に落ちてきて何もしないなんてそれでも男なの?」
 私はクスリと笑った。
 情けない彼の表情が可愛らしい。
「抱いたら天野さんの思うつぼだ。 逃げられなくなる」
「逃げる必要なんて無かったじゃないですか?」
 彼女はきっと本気で元主人を諦めたのだ。
 彼の求め続けた彼女が元主人を諦めた時、他の誰でもない自分を選んだのにどうして逃げなければいけないのか。
「もうあんな恋は懲り懲りだ」
 彼女の様に愛されたかった…他でもない貴方に。
 復讐で近づいてきたのだとしても、私に溺れてくれるならそれで構わなかった…
 懲り懲りだと言う恋愛が私が最も欲しかった物。
 結局、彼と私は求めている物が違いすぎる。

「いいでしょ?」
「でも…」
「私は責任なんて求めないし未来も求めてないから安心して」
 彼は彼女と行為をしてしまえば逃げられなくなると言った。
 それは、彼女を抱けば彼の心がまた彼女に囚われると知っているから。
 でも、私とならそんなことにはならないとちゃんと解っている。
 だって、もともと愛など無いのだから…

「君は体だけの関係の人が居るの?」
「どうして?」
「あまりに平然と…こんな事…」
 付き合っていない人と簡単に身体を重ねる人間と思われたのだと解った。
「だって別に貴方とは何度もしてるんだし今さら恥ずかしがることも無いでしょ? 特別なことじゃないわ」
 貴方には愛なんて無いとハッキリと告げた。
「…今後もしてくれるのか?」
 俯き加減で自信なさげに言う彼。
「いいわよ?」
 軽く答えると彼は「また頼むよ」と悲しそうに笑った。
 彼が悲しむ権利なんて無い。
 私にこんな行動をとらせている張本人なのだから。
 彼が憎い…誠実に生きてきた私を弄んだ彼が。
 浮気はしないと決めていた。反対に浮気相手にもならないと決めて生きてきた…
 実際に浮気はした事が無かったし、誰かの浮気相手になったことも無い。
 誰にも迷惑をかけない恋愛をしてきたつもりだった。 
 だけど結局エリートと結婚したことによって私は一つの家庭を崩壊させる一因となり、彼は私を復讐の道具として弄んだ。
 私の心を奪ったくせに…幸せを教えたくせに…
 嫌われてしまいたいと言い私に近づいた目的を話した彼を私は余計に酷いと思った。
 本当の事を言わずにただ「別れたい」と言われた方が私の心はまだ救われたのに…って。
 だから、彼が私に幻滅しようと、自分の所為で私がこんな人間になってしまったと後悔しようと構わない。
 …私は彼に後悔して欲しいのだろうか。
 それともこれが私なりの彼への復讐なのだろうか。


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賛否両論…いえ否定ばかりかもしれませんが…
ヒロインの中で彼は「人生で一番好きになった人」なのです。
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