記憶がどうであれ

33話

 日々記憶は増えていく。
 だけど、興味の無い事柄は忘れ去られ、楽しかった記憶や嬉しかった記憶、悲しかった記憶と悔しかった記憶は影響力の大きさによって塗り替えられていく。
 元主人に忘れられた悲しさや悔しさが小さくなっているのは元主人に既に興味が無いからだろうか。
 後悔という意味では忘れてはいけない事柄だと思う。
 だけど、もうどうでもいいと思っているのだ。
 元主人が幸せだろうが不幸だろうが。 全く興味が無い。
 では他の人は?
 彼は? 彼の元奥様である彼女は?
 …幸せになんてならなければいいのにと思っている。
 関係ないとはまだ思えては居ない。
 彼女は今幸せとはとても言えない生活を送っているのだろう。 もちろんやりがいのある仕事があるだろうし、職場の高嶺の花的存在ではあるだろう。
 だけど、元主人には相手にされず復縁を迫った彼にはハッキリと拒絶されたのだ。
 …でも、きっとずっとこのままと言う事はないのだろう。
 あれだけ綺麗な人なのだ、周りが放っておくわけが無い。
 …元主人と結ばれてくれれば良いと考えた時もあった。 だけどそれは彼があそこまで傷ついたことが無駄にならなければ良いのに、という思いからだったと思う。
 彼女が幸せになることを願った訳では無い。
 彼が彼女に捨てられ傷つき、私を復讐の道具にした原因になった事柄が意味の無いものだったと思いたくなかったのだ。
 結局、意味の無いものだったけれど…
 いえ違う。 そう違うはずだ。
 彼女は彼に復縁を迫った…きっと離婚したばかりの彼なら二つ返事で彼女を抱きしめたはず。
 だけど、私と出会い関係を持つことで彼女との関係は自分を幸せにするものでは無いと気づいた。
 私は彼の役に立ったと言うべきか…
 役になんて立てなくて良かったのに。
 私は彼の幸せなんて望んでいないのだから…
 彼女と復縁して、また不幸な結婚生活を送っていれば私は満足だったのだろうか。

 また彼からの連絡。
「ざまぁみろ」
 私を誘うということはまだ本気で愛せる人をみつけられていないという事。
 一生幸せに何てなれなければいい。
 …また誘いを断ったらもう二度と連絡は来ないのだろうか。
 私の知らないところで幸せを掴むのだろうか。
 …嫌だという気持ちが込み上げる。 だけど、もう忘れなさいと自分自身が語ってくる。
 彼を想った気持ちも、彼にされたことも全て忘れられたらどんなに楽になれるだろう。
 彼に抱かれ快楽に落ちる自分は浅ましいと後悔する朝を何度重ねる気なの?
 彼の幸せを邪魔しているつもりが自分のささやかな幸せも逃している行為をしていると分からないの?
 彼への返事を考えながら私は葛藤していた。
『元主人に会いました。 結婚を前提にお付き合いされている方と一緒でした。
きっと奥さんはこの事を知って本当に諦めたんだと思います。 復縁されてはいかがですか。
私とはもう会わない方がよいでしょう。潮時ということです』
 幸せになってください。だなんてきれいごとは言えない。
 幸せになって欲しいだなんて思っていないのだから。
 だけど、彼に復讐をしてやりたいという気持ちを持っている自分に嫌気がさしている。
 虹川くんのお陰だろう。
 私は間違っているのだとそう気づかせてくれた。

 メッセージの着信が鳴りすぐに読む…
『天野さんとは決別したと言っただろ。 もう信じることは無いよ。
それに結婚くらいで諦めるなら君と結婚した時に諦めていたはず。
君を抱きたいから連絡した、決して天野さんを代わりにしようだなんて思っていない』
という内容。
 私を抱きたい…そうなのだろう。
 奔放に股を開き従順に奉仕を受け入れ奉仕をしかえす。
 恥じらいもくそも無い。 ただの快楽の為の行為。
 私達は性欲で成り立っている関係のように見えるだろう。
 だけど私は違うのだ。
 本当に性欲だけなら彼でなくても良い。
 彼のセフレで居る事に意味があった。
 彼の幸せを邪魔する存在になること…そんな位置づけでいること。
 だけど私はもう関係なくなりたいのだ。
 彼の事を忘れたい。
 このまま会い続けていたらそんな事は無理。

 元主人もこんな気持ちを持っていたのかもしれない。
 元主人はきっと本当に私を愛してくれて居た。
 でも、私が元主人を心の底から愛していない事を元主人は肌で感じて悩んでいたのかもしれない。
 私を忘れたくて、そして転落事故をきっかけに私との記憶を消した…
 私も転落すれば、彼を忘れる事ができるのだろうか…
< 33 / 41 >

この作品をシェア

pagetop