記憶がどうであれ

35話

「脅す為じゃ無い、おかずとして…」
 何を言われているのか解らず怪訝な顔をしてしまう。
「自慰の為の…」 
「ヤメテ……コレを何度も見たって言いたいの!?」
 最低だ。
 人を騙してこんなものを撮って、自慰をするための材料にして、終いには脅しの材料にするなんて。
「何度も何度も見た」
「ヤメテっ!!!」
「君をまた抱けるようになって最近は見て無かった。 でも、データを消す気は全く無かった」
「最低!!! 私が関係を断ち切ろうとしたらこうやって脅そうと思ってたんでしょ!?」
「違う…脅そうと思っていたんじゃない。実際一度別れた時に脅していないだろ?
いつかまた君との関係はなくなってしまうと解っていたんだ。だから、まだこれをおかずとして残しておきたかった。 なのに、ダメだな。
本当に別れの言葉を言われたら嫌だと思った…君と離れない為にはどうすればいいのか考えた」
「それで脅すことを思いついたって言いたいの?」
 別れを言われて今考えたと言う事? そんな事信じられる?
「そう。どうすれば離れずに済むか…それを考えて君に会いに来た」
「嫌い…貴方なんて大嫌い」
「……そう言われる覚悟はあった。 けど、もう君と離れたくないんだ」
 何を言ってるの!? 彼ほどの人なら私でなくても相手はすぐに見つかるのに。
「どうして私に執着するんですか?」
 元主人もそうだった。 あれだけ冷たくされて離婚したのに何故か私との復縁を願ったりして。
 私にはそんな価値なんて無いのに。
「執着される程にいい女だって自覚無いんだよな君は」
「そんな言葉信じる訳ないでしょ? どこがいい女? 我儘な嫌な女よ」
「君は俺の前でとても感受性が豊かだった。気持ちいいってあんなに演技無しで伝えてくれ、俺のことも沢山気持ちよくしてくれた」
「結局その行為だけの女だって言いたいの?」
 信じられない。 元主人を楽しませることもできない女だったのに。
「君との行為は最高に気持ち良くて、それが何故なのかなんて考えた事も無かった。
だけど、それはきっと二人の相性そのものなんだと思う」
「二人の相性?」
「俺たち、きっと違う出会いをしていたら普通に幸せになれたと思わないか?」
 それを言うのはずるい。 だって、私は幸せだったのに…それを粉々にしたのは彼なのに。
「幸せになれると思ってた…結婚はしなくても幸せでいられると…」
「そこだ」
「何?」
「君は結婚をするつもりがないといつも言っていた。 元旦那に未練が無いのならどうしてそう頑ななんだ?」
「結婚したことを後悔したから! 一度失敗して後悔したらもう二度と同じ過ちを犯したくないって思うでしょ!?」
「俺は思わない。 天野さんを愛していた時は天野さん以外の人と結婚するだなんて考えられなかった。
だからあの頃天野さんに復縁を求められたらきっとまた結婚していた。
今だって、結婚をしたくないとは思っていない」
 あの頃…私を抱きながら彼女を思っていた頃。
 …悔しい。まだ心がざわつく。鼻の奥がツンとしてきたけれど涙を堪えた。
「奥さんと復縁すればいいじゃない…意地を張らずに結婚したらいいのよ」
 決別なんてする必要は無い。
「貴方と奥さんが結婚したからって誰も否定しないし困らない…二人で私の前から消えてくれたら私はその方が幸せになれる!!!」
 大きな声を出してしまった。
 こんなに感情的になるなんて…

 はぁと大きな溜め息を吐いて彼は私の側ににじり寄り、私の頬に手を添える。
 ビクリと私は身体を強張らせた。何をされるの?
「何度言ったら解る? 天野さんをもう愛していないんだ。結婚なんてする訳ないだろ?」
「でも…私を傷つけたかったのは奥さんの為だったじゃない!!!」
「天野さんの為というより自分を慰めたかった。 天野さんをもう愛していない。信じてもらえるまで何度でも言う」
「でも…」
「なぁ。本当に俺が天野さんと結婚しても誰も困らないのか?」
「…困らないと思うけど」
「本当に?」
 何? 私の知らない存在が居るの?
「君は?」
「え?」
「君は俺が結婚しても困らないのか?」
「困らない! 私はもう貴方と会わないって言ってる」
 私の頬を優しく撫で続ける彼。
「結婚するって事は、俺が天野さんを抱くって事だよ? いいの?」
 グッと胸が詰まる。
「いいわ」
「嘘つきだね。 すぐにバレる嘘だけど」
 彼はクスクスと笑う。
「俺が他の女を抱いたら嫌だって顔に書いてある」
「そんな事思ってない!」
「俺は嫌だな。君が他の男に抱かれていたら」
「勝手な事言わないで!」
「君にセフレが居るのかもしれないと思った時物凄く嫉妬した」
「セフレは貴方が初めてよ」
「信じてる。君は誰にでも抱かれる人じゃない」
 それはそうだけど…
 彼とは遊びなのだと、そう思わせる態度を取ってきたはずだ。
「君を誰にも抱かせたくない。 俺も君しか抱かない…だからさ…
結婚しないか?」
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