記憶がどうであれ

36話

「っ!? 急に何を!?」
 彼の驚きの発言に問い返してしまう。
 結婚する気が無いと言っているのにどうしてそんな話しになるの?
「脅されて結婚する人生なんてなかなか味わえないと思うんだけどどうかな?」
 …彼は、ハメ撮りをネタに結婚まで私に強要しようとしているという事?
 その割に私に問う声は優しい。
「…私は脅されて結婚なんてしません。
もしも結婚する日がきたとしたらそれは……本当に愛した人と幸せになる為です」
 愛は一生ではないと解っているから…だから結婚はしないという結論になるけれど。

 彼の手元にあるハメ撮り映像は彼の良心に頼るしかない。
 全て消去してくれると信じたい…だって、私にハメ撮りの存在を教えたのは彼自身だ。
 何も言わなければ私は消去しろなんて言わなかった…そもそも存在を知らないのだから。
 だからハメ撮りはあくまでも彼にとって私を繋ぎとめる手段であって、リベンジポルノとして使おうとは思っていないという事。
「愛した人と幸せになる為に結婚はするべきだと俺も思う。
だから、俺と結婚しよう」
 彼は私を愛し…そして、私も彼を愛しているという自信があると言いたいの?
 自惚れないで欲しい。
「嫌っ。 私は一人で生きていける」
「幸せになる為の結婚しようよ」
「一人で生きて行くの」
「俺の家族に紹介したいな」
「話し聞いてる!? 結婚なんてしないってば」
「両親だけじゃなく妹夫婦も君に会うのを楽しみにしてるんだ」
 私の話を家族にしているというの!?
「夫婦になれたら幸せなんだ」
「いや…」
「君と家庭を築きたいな」
「やめて…」
 脅迫されているはずなのに…彼の瞳から熱い想いと縋るような視線。
 本当に私を愛しているの?
「君と家族になりたいんだ。 君と一緒の生活はきっと幸せだと思う」
「何故…?
貴方は私を裏切ったの! ううん、初めから私なんてどうでも良かったんでしょ!?
なのに今頃どうしてそんな事言うの!?」
 責めるように問うと彼は一度大きく深呼吸した。
「別れた時、もう君とは終わったと自分自身に言い聞かせた。
だけど、君に謝罪に行った時ベッドに誘われて……君が俺に触れられてもいいと思う気持ちがあることを知ったら気持ちにブレーキなんてかけられなかった。
君への未練を隠す事なんてできなくなった」
「未練は奥さんに、でしょ?」
「二人同時に未練を持てる器用さは無いって言ったよ?
君に未練を持ってる時点で天野さんへの未練なんて無くなってる」
「信じられる訳ない…」
「君は愛のある結婚生活を求めてたはずだろ? それをこの若さで諦める必要なんて無いと思わない?」
「結婚するつもりがあるなら…虹川くんと付き合ってた。 それができないから断ったの」
「!? 虹川君て誰?」
 彼は突然でてきた名前に動揺しているようだ。
「…高校の同級生。 偶然再会してから何度か食事に行ってたの…その人からプロポーズがかった告白をされたけど私は未来を約束する付き合いはできないから断ったって話し」
「結婚するつもりならその虹川君とって思ったって事か?
本当に? その人を愛してた?
愛してないから断ったんだよね?」
 矢継ぎ早に質問される。
「別れた時、君は俺を忘れないと言ってくれたよね?」
「そう言ったのは元主人に忘れられたことが辛かったからで…別に貴方をずっと好きだとは言ってない」
「俺を忘れられなかったと思うのはおかしいかな?
虹川君と会ってたのは俺と再会する前?それとも最近? 最近だとしたら、虹川君と会っている期間でも君は俺に抱かれ続けてたって事だよね。
セフレなんて関係を続けられたのは君が俺に好意があるからだと思ってるんだけど違う?」
「遊びよ! 貴方もそれは解ってると思ってた」
「でも虹川君とは遊ばなかったんだろ? だってセフレは俺だけなんだよね?」
 そうだけど…
「君が他の人と幸せになる……それを願うのが当然だと思う。
だけど、嫌だと思ってしまう…あんなことをしたんだ、簡単に許されるはずないと解ってた。
まさか君からセフレの提案をされるだなんて想像もしていなかった。
…受け入れたのは結局俺はすけべな男で好きな女を抱きたいって欲望に勝てなかったって事なんだ」
 彼は彼女に復縁を迫られた時、本当に抱かなかったのだろうか。
 その時に彼女を抱かなかったのなら…私を好きという信憑性は出るけれど、そんな事誰にも解らない。
 私が彼女に問うこと等できないのだから。
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