記憶がどうであれ

38話

「店長…少しいいですか?」
 帰り際店長に声をかける。
「シフトの相談?」
「いえ…実は…」
 彼ともう一度付き合うと言うと店長はポカンと口を開けた。
「あれ!? え!? ちょっと待ってよ、どういう事? 凄く嫌な別れ方してたよね?」
 その台詞に私は苦笑。 遠距離などによっての状況による別れではなく、明確な理由があっての別れだった。そんな相手と復縁するなんて考えられない事態だろう。
「彼にとって私は忘れらない人になってたみたいで…私も彼の事…」
「そっか、好きだったんだね。ずっと」
 小さく頷く。
「じゃあ、あんなに紹介を断ってたのも頷ける」
「それは違います。 一人で生きて行こうって本気で思ってました」
「彼とはうまくやっていけそうなの? 別れた時の問題は解決したのかな?」
「はい」
 今は彼の彼女への気持ちが本当に無くなったと信じている。
 だって、彼女との復縁を選ばずに私を選んだのだから。


 それから程なくして私達は一緒に住み始めた。
 彼の家は私のアパートよりもずっと私の職場に近かったから彼がそうしたらどうかと提案してくれた。
 元主人から貰った家財道具は全て処分した。
 反対に彼の部屋にある彼女との思い出のある家具も一新された。

 同棲を始めるときに、秘密は持たない。思ったことはその場で言って解決しようといくら約束したと言っても… 
 今日はどんな女性と会って、どんなアプローチをされたかまで話す彼に笑いがこぼれる。
 私に嫉妬して欲しいのか、自慢話なのか、それとも本当にただの報告をしているだけなのか…
「モテるね。 前は凄く綺麗な奥さんがいたから言い寄られなかったけど今は独身だから?」
「付き合っている人が居るってきちんと言ってる」
「私の写真なんて見せないでよね。この程度の女でいいなら自分がって余計に言い寄られる事になるから」
 私が苦笑すると、彼はおでこにキスをして、
「こんな気持ちにさせてくれる人が他に居るのかな? 居るなら会ってみたい気もするけどね」
と、笑った。
 私だけが特別。人生で愛せる人に簡単には出会えない…そう言ってくれているのは解っている。
 だけど、彼が何年も愛していた彼女の存在を私は忘れることは無い。
 彼が、好きで好きで仕方なくて、愛されていなくてもそれでもいいと思う程恋い焦がれた人のあの美しさ。
 私は彼に彼女の様に愛されたいと思った。
 愛してくれるなら、彼が私に近づいた理由がどうであれ許せると思ったほどだ。だけど、あの時の彼は私を愛しているとは言ってくれず別れることを選んだ。
 …今の状況は私にとって信じられない生活。
「こんな気持ちってどんな気持ち?」
 何度でも確認したくなる。
「こんなに大切で愛せる人って意味」
「所詮二番目だけど」
「意地悪だな。 愛したのは二番目だけど、愛の大きさは一番だよ」
「…うん」
 彼からの言葉を噛みしめる。
 私への愛が一番大きい…それだけで嬉しくて胸が熱くなる。
「そろそろお互いの実家への挨拶の予定立てない?」
「え?」
「結婚!しようよ」
「私の両親には会わないって言ったでしょ?」
「本当にいいの?」
「一度目の時は事後報告だったの。 手紙で先に挨拶するだけでもいい方だと思うけど」
「君の親をそんな扱いするなんて…」
 彼は不服そうだけど、娘に不倫がバレる母親の扱いなんてそれで十分だろう。
「それより私、大丈夫かな?」
 実家の家族とも元主人の家族とも上手く付き合えなかった私は彼の家族に嫌われないかとても不安だ。
「大丈夫!!! みんな会えるの楽しみにしてるから」
「うん」
「結婚式は神前なんてどうかな?」
「わぁ初めて」
 私がそう言うと彼は苦笑する。 …デリカシー無さすぎたかな。一度目が教会での式だったなんて匂わせて。 というより、彼は私の一度目の結婚式の写真を目にしているはずだった。
「俺も初めて」
 彼は私を抱きしめながら言う。
「そうなんだ」
「うん」
 お互いに初めてが残っていて良かった。 そんな風に思った。
「実はね、白無垢着るの夢だったの」
「着なかったの?」
「うん」
「そっか、じゃあ後は? 披露宴ではドレスも着るだろ?」
「うん。貴方に選んで欲しいな」
「俺に?」
「うん」
 一度目の結婚式はプリンセスタイプの一生に一度だけでも着てみたいというデザインだった。
 年齢が若かったということもあり、夢見る少女が憧れる解りやすいお姫様ドレス。
 今思えば私に似合っていたとは到底思えなかったけれど、元主人が今しか着れないデザインてあるよ。と私の背中を押した。
 あれから何年も経った私にはどんなデザインが似合うだろうか。
「俺、ドレスなんて選んだこと無いから自信ないな…」
 不安そうな顔を見て、可愛い人だと思う。
 彼女との結婚の時は、彼女のドレスを選ぶこともしなかったのね。きっと彼女は自分の好きなドレスを相談もなしに決めたのだろう。
「私の事考えてどんなドレスが似合うか考えておいてね」
「一番好きなのは……何も着てない裸の君だけど」
 急にウエスト部分から服を引き抜き手を入れてくる。
「くすぐったい」
 クスクス笑うと、
「あ~スベスベ気持ちいい。 ね、ヤろう?」
 なんて調子に乗ってくる。
「まだだ~め。 お風呂入ってから」
「いいだろ、後で入れば!」
「だ~め! 私入ってくるから貴方はアレでも見て一人で楽しんでて」
「今日は見ていいの?」
「今日は特別よ」
「でも一緒にお風呂入るのも捨てがたい」
「じゃぁ見ない?」
「う~ん…君がアレを見てもいいと言ってくれるの珍しいから…見る」
「そう? じゃあ、お先に」

 シャワーを浴びながら私は彼の今の状況を考え笑う。
 今頃、二人のハメ撮り映像を見ながら興奮を高めていることだろう。
 あのハメ撮り映像は今は私が全て管理している。
 私の月経の時に彼に見せてあげたり…と言っても毎月ではないけれど。
 しかも、ハメ撮り映像は時々増えている。
 私が妊娠して彼と行為が出来ない時の為に…なんて言っているけれど、本当は私が記録を撮りたい気持ちが芽生えたからだ。
 この行為が普通では無いことは知っている。
 だけど、彼と結婚を意識した付き合いを始めた時、もう二度と忘れられて別れることが無いように日常をビデオで撮る様になった。…その延長。
 二人のハメ撮り映像は復讐の為ではなく、もしも記憶を無くしても再度愛し合うための大切な宝物。

 ━ 完 ━
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