記憶がどうであれ

7話

 私の職場は不定休。
 地域密着型のスーパーで経理として働いているが、人手が足りない時には品出しも手伝うといった何でも係。
 店長はお客様との交流や実際の売れ行きなどを目で見て確かめるのが大事だと毎日売り場へ出る。
 商品の発注については全て店長が行うが、パート勤務表は私が作る係となっている。
 必然的に、パートの人との交流が多くなり私は可愛がられている。
 私を娘のようなものと言う人は少なく、妹みたいなものという年齢の人がここのスーパーを支えている。
 私より少し年上ということは、まだ幼い子供がいる人が多くて、子供の病気で休みたいということもある。 そんな時は店長に連絡してもらうが、その前に私に「品出しの応援を頼まれたらごめんね」なんて電話をくれたりする。そんな一言を貰うだけでその日の業務が忙しくなっても頑張ろうと思えた。
 職場で私は必要とされている事にやりがいを感じていたから寿退社をしようとは思わなかった。
 元主人も仕事を続けたいと言う私の意見を尊重してくれていた。



 仕事が休みの日、その日は平日だった。
 買い物がかさばり、いつもは乗らないバスにたまたま乗った…それが私の人生の岐路だったのだと思う。

 バスは席の空きがなく、私は立っていた。
 次のバス停で年配の女性が乗り込み私の隣に立った。 誰も席を譲らないのか…と思った。
 その時、カーブで隣の女性がよろけてしまった。
 咄嗟に私は荷物を床へ置き女性の体を支えた。
 そして目の前に座っている男性に「席を譲っていただけないですか」とキツめに言ってしまった。
 その男性はとても疲れている顔をしていて、正直他の人に声をかければ良かったと後悔した。
 だけどその人は「あ~…はい」と渋々席を立ってくれた。
 その後、急ブレーキがかかった車内で転んだのは席を変わってくれたその男性で…
 調子が悪かったのだとわかり申し訳なくて、次のバス停で降りて行った男性を追いかけバス停の側に設置されていたベンチで介抱した。
 と言っても、飲み物を買ってきたり、ハンカチで冷や汗を押さえただけだったけれど。

 それが私と元主人との出会い。

 お互いに印象は良いものではなかったはず。
 私は元主人の第一印象を、年配の女性が乗ってきても席を譲らない嫌な人だと思ったし、その後具合がよくなかったと知って、申し訳ない気持ちと気まずい気持ちがあった。
 元主人だって、具合の悪い時にせっかく座っていた席を立てと命令する女だと思ったはずだから。
 なのに、元主人は私の連絡先を聞いてきて、本当に連絡をくれた。
「何かお礼がしたい」
 と言う元主人に丁寧にお断りの返事をする事が何度も続いた。
 お礼なんて必要ないし、される理由も無いと何度も言い続けた。
 すると…
「食事に行かないか? 会いたいんだ」
 とまるで口説き文句の様な誘いをされて、その時交際相手も居ない私は誰に気兼ねすることもないし、ただの食事だけなんだから…と会う約束をした。

 久々に会った元主人は、食事をしながら自分の勤め先の事、任されている仕事の大きさを自慢気に機嫌良く話しだして、正直嫌味な人だと思った。
 一言も褒めもしない私に元主人は気分を害した風だった。
 特に盛り上がることもなくその日は別れ、二度と連絡は来ないだろうと思っていた。
 なのに、また誘いの連絡が来た。
 何か裏があるのかと思ったけれど、「美味しい店をみつけたから一緒に行かないか」と言われれば、食事だけだし…と何度も約束を繰り返していた。

 約半年後に告白をされた。
「お前に認めて貰えるように自分で色々考えて行動する様になった…それがいい意味で仕事や人間関係に繋がって、俺にとってお前は俺を高めてくれる大切な存在になってたんだ。
今までは恋愛関係ではなかったけど、結婚を前提に付き合ってくれないか」
 私の何処が好きなのかは分からなかったけれど、私を必要としてくれている事はなんとなく伝わっては来た。
 だけど、頷けない。
 だって…
「えっと…急にそんな事を言われても困ります。 私、好きな人いますし…」
< 7 / 41 >

この作品をシェア

pagetop