正しい『玉の輿』の乗り方
7 婚約者登場

「菜子。大丈夫か?」

柳下部長が去った後、樹さんが私の顔を覗き込んだ。

「だ、大丈夫です。ありがとうございました」

と言いつつも、まだ足の震えが止まらない。
昔の記憶がフラッシュバックしたせいかもしれない。

「菜子。無理しなくていいよ。怖かっただろ」

樹さんが優しく私を抱き寄せた。

ああ…なんて暖かくて心地が良いのだろう。
さっきまでの恐怖心が嘘のように消えて行く。

もう少しだけこの胸の中にいさせて欲しい。
いけないと思いつつ、そう願った時だった。
突然、樹さんが私から手を離し、婚約者の名を呟いた。

「彩乃さん……」

恐る恐る後ろを振り返ると、そこには先ほどロビーで私のことを睨んでいた女性が立っていた。

えっ……彼女が早乙女彩乃さん!?
まさかの婚約者登場に私はギョッと目を丸くする。

「どうしても樹さんに会いたくて、父の秘書の車でここまでつけてきたんです。でも、まだ発表前だし、人目についたらマズいと思って、樹さんが一人になるのを待ってたんです………けど」

彩乃さんは目に涙を溜めていた。

当然だ。
婚約者が他の女性を抱きしめていたのだから。
例えそれが同情のハグだとしても許せないだろう。

「そうでしたか…」

樹さんは彩乃さんの元へと歩み寄る。

「すみませんでした。彼女は私の秘書です。さきほど昔の上司に絡まれていて」

「はい。見ていたのでちゃんと分かっています。樹さんは優しいから、震えている部下をほっとけなかっただけですよね。変なヤキモチ妬いてごめんなさい。私なら大丈夫ですから」

彩乃さんは笑顔を作って必死に笑う。
樹さんのことが本当に好きなのだと伝わってくる。

こんなに可愛い婚約者なら、樹さんが彼女を好きになるのだって時間の問題かもしれない。


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