クールな次期社長と愛されオフィス
部長は、私が秘書として接してきたどの役員とも違っていた。

年齢が若いということもあるのかもしれないけれど、初対面の時に感じたしゃべりにくい印象は今は全くない。

むしろどんな言葉をかけても知的にユーモアを交えて返してくれる。

話していてとても勉強になるし、楽しかった。

それに、一番ありがたかったのは、自分のお店のことや、私が大事にしている店長やミズキに対してもとても親切に接してくれていること。

ただ優しくて親切なだけじゃなくて仕事も一流だったし、尊敬もできる。

口先ばかり偉そうなことを言うような役員達とは全く違い異彩を放っていた。

部長はゆるく垂れた前髪を掻き上げながらこちらに目を向ける。

「確かにこのブレンドティはうまかったよ。また部屋でも入れてくれ」

私は部長の目を見て頷き、一呼吸置いて自分の気持ちを伝えた。

「部長に色々と教えて頂いて気付かされたことがたくさんありました。自分だけのもの、オリジナルの大切さ。一人でお店を持つためには生半可な気持ちじゃできないってことも。本当にありがとうございました」

部長はふっと微笑み私から視線を逸らす。

「お礼を言われるのはまだ早いさ。堂島の夢への道のりは今始まったばかりだからな」

そう言いながら、部長は自分の腕時計に目をやった。

「もうこんな時間か、そろそろ帰るよ。明日は朝一で社長と戦略会議だからな」

私に首をすくめて見せると、カウンターに代金を置いて立ち上がった。

「マスター、じゃ、また来るよ」

「ありがとうございました」

マスターはほがらかにその背中に声をかけた。

私もマスターの横で頭を下げる。

店の扉がカランカランと音を立てて閉まった。

「ほんとに隙のないかっこいい部長さんだねぇ。アコちゃん、惚れちゃってんじゃない?」

マスターがふいに私の方に向き直って言った。

急にそんなこと言われて顔が熱くなる。

「そんな風に思ったことないよ。宇都宮財閥の息子だよ?全然住む世界が違うって」

「そうかい?あれだけ偉い人がちっとも偉そうにしない。大したもんだよ、あいつは」

「どこが?いっつも偉そうだわ」

マスターにそう返しながらも、口ぶりと違って実際は全然偉そうじゃないと思っていた。

わかってるんだけど、照れ隠しにそんな風に言ってしまったことを少し後悔する。

さっき私がお礼を伝えた時の部長の少し照れた横顔を思い出しながら、自分の中でその存在が少しずつ膨れていくのを感じていた。

部長としてではなくて、一人の男性として。





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