気がつけば・・・愛

こっちを向いて




「あゆみ?」


「ん?」


「怒ってる?」


もう何度目か分からないこのやり取りは
ここ一週間ほど続いていて

良憲さんに言わせると気がつけば
私の眉間にシワが寄っているらしい


「怒ってないよ?」


「だよな」


「うん」


そもそも喧嘩もしたことない私達夫婦
どちらかの気持ちに波風が立たないように気を使っているというより

腹を立てるタイミングが無いって感じ

心穏やかな良憲さんのお陰で
親子三人笑顔で過ごせるんだと思う


なのに?良憲さんの口から出る
「怒ってる?」のフレーズは
脈略も無いところから発せられる訳じゃないと思うから

・・・やっぱり・・・アレかな?

怒っている訳でも
喧嘩したい訳でもない

ここ一週間・・・
良憲さんが行き先を告げずにバスで出かけること

だと思う

疑惑?・・・不安?

いつも余るほどの愛をくれる良憲さんが

何も言ってくれないし
キスはおろか触れてもくれない


・・・浮気?


ポツリと溢した声は酷く震えていて
堪らず蹲った


「・・・あゆみ?どうした?」


“なんでもない”と言いたいのに
頭を左右に振るだけで精一杯

感情が揺れて口を開けない


深い呼吸で気持ちを落ち着かせながら
ゆっくり立ち上がると


「買い物に行ってきます」


良憲さんの顔も見ずにバッグを掴むと外へと飛び出した


いつもより乱暴に山道を降りて
ショッピングモールの駐車場へ入ると

店から少し離れた場所へ止めた


エンジンを切った車内は
シンと静まりかえっていて

揺れる気持ちを落ち着けるにはうってつけだと思う


「良憲さん」


ポツリと溢れたのは
心ではなくて夫の名前

五つも下だけど
その差を感じたのは最初だけで
それも私の引け目からだった

結婚して五年
愛しい旦那様と我が子
他に何も望まなくても良いくらい

幸せな毎日

・・・どうしよう

こんなに不安なのは
夫を愛しているから


バッグに手を伸ばすと中から携帯を取り出した

連絡帳をスクロールして
目当ての名前をタップした


(どうしたの?あゆみ)

「あのね・・・」

友達の寛子に胸の内を曝け出した

(えーっと、惚気なの?)

「違うよ、ちゃんと悩んで・・・」

(は?どこが悩みよっ
大体ね!心ちゃんが可愛いくて
良憲さんがカッコよくてって
散々惚気た上で
黙って出かけたことが悩みって・・・
女の影は?携帯にロックは?
夜、家を空けることがあるの?
平和ボケもいい加減にして
聞きたいことは良憲さんに聞きなさい
ちゃんと向き合って解決しないと
夫婦なんて所詮他人なんだから
また同じこと繰り返すわよ)


散々寛子に叱られるという結末を迎え

終話ボタンを押した時には
気分は前向きになっていた

「帰ろう」

プチ家出を一時間程で終了させて
家へと戻った

「あゆみ」

駐車場で待っていた良憲さん

「ただ、いま」

「ちょっと、話そう」

手を引かれて本堂まで歩くと縁側に座った

「お互いが思ってること話そうか」

「・・・うん」

「今、あゆみに隠し事してる」

「・・・え」

イキナリの核心に驚いて良憲さんを見つめる

「これ」

見せてくれた良憲さんの携帯には

【男子厨房に入りましょう】

一週間のホワイトデースペシャルコース

美味しそうなクッキーの写真が表示されていた

「ん?」

「あゆみのバレンタインのお返しに
自分も手作りのお返しがしたくて
檀家さんの勧めで通ってる」

「バスで出掛けてるのはこれ?」

「そうだよ」

私のおかしな行動の所為で秘密をバラすことになったのに
穏やかに笑って話してくれた良憲さん

「ごめんなさい」

「どうして謝るの?」

「私・・・疑ってたんだと思う
何も言って貰えないし、バスで出掛けちゃうし
この一週間キスもしてくれないし
触れてもくれな・・・っ」

頭で思っていたことがつい口から滑り出てハッとした

余計なことまで言っちゃった
両手で口を塞いだけれど
・・・時既に遅し?

「へぇ」

隣に座る良憲さんの口が
三日月形に変わった

「そっか、そっか
あゆみは一週間キスがしたくて堪らなかったってこと?」

「・・・っ」

カーっと顔が熱くなる

「それに触って欲しかったってこと?」

「・・・っ」

違う!と言いかけて
・・・違わない・・・と口を閉じた

「クッキーが上手に焼けるようになるまで
願掛けの為にあゆみに触れなかったんだけど・・・
可愛い奥さんが家を飛び出すくらい悩んでるなら
叶えてあげないとね」

「え、・・・や、あの・・ヒャッ」

フワリと抱き上げられ
長い廊下を滑るように抜けると
気がつけばベッドの上に組み敷かれていた

「良憲さん、あの、心は、んっ」

慌てる口は簡単に塞がれ
絡められる舌に思考が微睡んでくる

「心は晃大君ママが迎えに来たよ」

一瞬離れた唇から早口で聞こえた声に
少しホッとした










「・・・ぁぁ、んっ」


「浮気を疑った罰ね」


「・・・や・・・む、り・・・」


「身体は・・・そうは言ってないよ」


「・・・・・・ぁ、っん、ふ」




バレンタインより甘く溶かされた身体は
寂しかった一週間を埋めるように

良憲さんへお強請りを繰り返した






fin










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