その身体に触れたら、負け ~いじわる貴公子は一途な婚約者~ *10/26番外編
一. 賭けと婚約
 追いつめられたオリヴィアの背がとん、と壁につき、瞳の色に合わせた光沢のある深緑色のドレスが風をはらんでふわりと揺れた。すぐさま黒いテイルコートに包まれた片腕が彼女の脇につく。空色の瞳に鋭く射抜かれて、オリヴィアはひゅっと息をのんだ。

 テラスの向こうにのぞむ王宮の主庭園では花々が咲き乱れるけれど、それとは違う、爽やかな中にもどこか知的で落ち着いた香りが鼻腔に流れこむ。

 でも今は落ち着くどころか、ただただ怖い。怖くて仕方がない。

 血の流れるドッ、ドッ、という音がうるさくて、開け放たれた広間から流れてくる軽やかな音楽も、ダンスを楽しむ男女のさざめきも遠くなる。

 結い上げた艶のあるダークブラウンの髪からのぞく後れ毛が、ぬるい風に揺れ頬に貼りつく。それを払う余裕さえないまま、端正な男の顔が近づいた。

「ぃやっ、誰なのっ、どいてっ……!」

 薄い栗色の細い髪、鋭い顎の線、整った鼻梁。切れ長の瞳は鋭く、その色は晴れの日の空を思わせる。歳は二十代前半というところだろうか。理知的ながらほんのひとさじだけ甘さを交えた雰囲気だ。年頃の乙女なら、間近で見つめられれば胸を高鳴らせるに違いない。

 けれどオリヴィアは十八歳の乙女でありながら、男のさえざえとした視線にひたすら心臓がすくみ上がるだけだ。

 男はそんな彼女を静かに見下ろし、淡々と言い放った。

「僕ですか? あなたの夫ですよ」
「なっ……!?」

 何のことだと言い返すまもなかった。
 薄くひんやりとした男の唇が彼女の唇に押し当てられ、混乱と驚愕のあまりオリヴィアは目を見開いた。

 がくりと膝をつきかけるのを、男の硬い腕が彼女の腰をぐいと抱く。かすかに開いてしまった唇の隙間から男の舌が強引にねじこまれる。

 これからされるであろうことへの恐怖と、告げられた言葉の衝撃で、オリヴィアの頭は真っ白になった。
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