その身体に触れたら、負け ~いじわる貴公子は一途な婚約者~ *10/26番外編
 彼女の目尻に浮かんだ涙を彼が親指で拭う。その指先のかたさに肩が揺れる。彼の指が、するりと頬を撫で、顎の形を確かめるようにたどる。

 彼の眼差しと慣れた匂いに絡めとられたみたいで、視線を外せない。

 身をよじることもできた。声を上げることもできた。けれどそのときオリヴィアにはその選択肢が頭になかった。ただ指先の感触を身じろぎもせずに受け止めるだけ。

 鼓動がうるさくて、馬車が石畳を走る音さえも耳に入らない。

 彼の指が彼女の顎をすくい上げる。腰を引き寄せられ、空色の瞳が切なそうに揺らいだ。オリヴィアは耐えきれなくてとうとう目を閉じた。

 シトラスの香りとともに、唇に柔らかな温もりが降りてきた。
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