その身体に触れたら、負け ~いじわる貴公子は一途な婚約者~ *10/26番外編
「さっきから何度も呼んだのに、うわの空だったわね。大丈夫? もう大体の準備は終わったんでしょう? 少し休憩しましょうよ」
「全然気づかなくて……大丈夫、ちょっと考え事をしていただけなの」

 彼女は頭にあった人の姿を振り払うように頭を振った。

「視察のこと?」 
「え、ええ。そうなの。でもおば様がグレアム公爵家から連れてきてくださった使用人たちのおかげで、思ったよりもスムーズに進んだわ。グレアム公にご不便をおかけしているのではないかしら?」

 オリヴィアはマルヴェラとともにソファに腰を下ろした。ワゴンを押して入ってきたエマが二人に紅茶を用意する。今日はマルヴェラの好む、砕いたアーモンドを練り込んで焼いたクッキーと蜂蜜もテーブルに並べられた。
そういえば、フレッドはハーブ入りのクッキーが好きだったっけ。

「グレアム公だなんて他人行儀な呼び方をしたら、主人は落ち込んでしまうわよ。子供のいない私たちにとっては、オリヴィアとアランは我が子みたいなものですからね。それに一週間くらいすぐよ。その代わり、視察が終わったら公爵家にも遊びに来るのよ?」

 マルヴェラが紅茶を一口飲んでほうと息をつく。

「それに、ラッセルは気が利かないでしょう? 悩み事とか相談事があったら、遠慮なく私たちに言いなさいね」

 真っ先に思い出したのは、唇に触れた柔らかな感触のことだった。一度は引いたはずの熱が一気にまた顔に昇った。
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