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彩月は駿太郎を都内のとあるビルに連れてきた。

「ここに来たことある?」

ビルの高層階にアートセンターがある。著名なアーティストによる建築物や写真、絵画、デザインなどが展示されており、デザイナーが作成したグッズや本も購入できる。

「いや、俺は基本引きこもりだから、美術館も授業で必要な場所にしか行ったことはない」

駿太郎がインテリアデザインを大学で専攻したのは、特にインテリアが好きだったからではなく、高校の美術の先生が熱心に勧めてくれたからというのもある。

その美術の田村先生は定年前のおじいちゃん先生で、駿太郎を羽生コーポレーションの御曹司としてではなく、ただの一学生として個人的にもよくしてくれた。

友人もおらず、学校でも引きこもりがちな駿太郎を美術室に招き入れ、一方的ではあったが、美術関係の話を聞かせてくれた。

手持ち無沙汰に、先生に言われるままたくさんのデザイン画や絵画に取り組んだ。

いくつか小さな賞も取ることができた。他者から認められた経験が少ない駿太郎は、賞を取って先生に誉められることで、少しは自分の存在が許されるような気がしていた。

だから、先生が勧めるがまま、有名大学のインテリアデザイン学科にすすんだ。

しかし、そこには田村先生のように心を開ける対象はいなかった。そのうちに、大学では単位を落とさない程度にがんばればよいと考えるようになり、課題の製作は、卒業した高校の美術室や田村先生の自宅の製作室に通ってやりとげた。

だから、友人と美術館巡りなどもってのほかだった。

「私ね、体育会系なんだけど、実は美術も好きなんだ。時々一人で美術館に絵や建築物を見に来ることもあるんだよ」

アートセンターの入り口では入場券が必要だ。駿太郎は奢ると言ったが、彩月は首を振った。

「朝、コンビニで入場券買っといたんだ。並ばなくていいでしょ?」

昨日、帰宅したのは深夜。朝とは何時を指すのだろう。

駿太郎の怪訝な顔を見て、疑問を察したのか、

「朝6時に起きてランニングするんだけど途中でコンビニに寄ったの」

と、彩月は言った。

そんな朝早くから、彩月がこのデートのことを考えていてくれたことを実感し、駿太郎の独占欲が満たされる。

「さ、行こう」

駿太郎は彩月に手を引かれながら、館内の入り口に向かって歩きだした。
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