一途な御曹司に愛されすぎてます
 みるみる顔から血の気が引いていく私に、階上さんが屈託のない笑顔を見せる。


「そういうことだから、気にしなくても大丈夫だ」

「ぜんっぜん大丈夫じゃありません!」


 私は大声で叫びながら頭を抱え込んだ。

 ああ、なんてことを! ホテルの宿泊者ならびに関係者の皆さま、ごめんなさい!


 たぶんこの人、私が食事を断る展開を読んでいて、前もって大掛かりな先手を打ったんだ。

 自分の仕事をあれだけ大事にしている人が、まさかこんな無茶をするなんて。

 これじゃドレスコード云々の言い訳も通用しない。

 それに私が食事を断ったら、私のせいでレストランを利用できなかった他のお客さんたちに面目が立たない。


「で、どうする? 俺とディナーに行くか?」


 悶々と罪悪感を感じている私の耳に、彼の飄々とした声が聞こえる。


「……行きます」


 ああ、どうしよう。私よりも彼の方が一枚も二枚もうわてだ。

 このままどんどん彼のペースに巻き込まれてしまいそうな予感がする。

 巻き込まれたら、私はそのときどうするだろう。私たちは、どうなるんだろう。

『くわせ者』を絵に描いたような彼の微笑みを見上げながら、私は自分の胸が不安以外の意味でざわめき始めたのを自覚していた。




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