ツンの恩返しに、僕は108本のバラを贈るよ
プロローグ
『恋は媚薬のごとく人を狂わす。くれぐれも溺れることなかれ!』

この教訓めいた言葉を私は三年もの間、両親と兄に朝な夕なに念仏を唱えるように聞かされた。

きっかけは姉、翠花(すいか)の失踪だ。
誘拐などではない。自分から出て行ったのだ。

箱入り娘だった姉が二十二歳で初めて知った本気の恋だった。
でも……相手が悪かった。

自慢ではないが、うちは『新堂コンツェルン』という国内で三本の指に入る古参の大手ゼネコンだが、相手の男性は『小金建設』という新参の三流建設会社の長男だった。

家柄云々もだが、その彼、小金啓治(こがねけいじ)の親が業界でも何かと悪名高く黒い噂が絶えなかったのだ。

当然、両親はそんな男との交際を許すはずもなく、結局、姉は駆け落ちという形で出て行ってしまった。まさに『恋は媚薬のごとく人を狂わす』の言葉通り。

当時、私は十九歳だった。姉同様箱入りで、本当のところは姉の行動が信じられなかった。でも、だからといって両親や兄のように姉を全否定したりはしなかった。

兄の慎司(しんじ)は私より六つ上で、兄というより父の存在に近く父以上に怖かった。だから、私は兄より姉に懐いていたし、姉の方が断然好きだった。

美しく聡明な姉への思いは、姉が出て行った後も変わらなかった。
失踪後に初めて連絡を受けたときも、私は姉を見捨てず駆け付けた。

だって……電話越しに姉は私に《奈々美ちゃん、助けて!》と乞うたのだ。何を置いても行くに決まっている。
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