飴と傘
Rain
 久しぶりにミズモリケントからのメールを受信したとき、萩岡係長と私は、カウンターに並んでとんかつを頬張っていた。サクサクの衣にとろける脂身、そこに絡むソースの甘辛さ。最高だ。


「萩岡さん、KSJCの皆さん
 ご無沙汰しております、ミズモリです。
 新曲ができたんですが、編曲をお願いすることは可能でしょうか?
 坂本龍一の『Rain』みたいなイメージで考えています。
 もちろん演奏はKSJCで」


 仕事の依頼があると、ミズモリさんはKSJCのメーリングリストに連絡をよこす。KSJCというのは「黒田食品ジャズクラブ」の略で、わが社伝統のクラブ活動の一つだ。ジャズとはいっても、創設時にジャズバンドだったからその名前を引き継いでいるだけで、実態はかなり自由な音楽性。ひょんなことから歌手のミズモリケントと縁ができ、編曲担当とバックバンドとしてデビューまでしてしまった。

「係長、坂本龍一の『Rain』って曲、知ってます?」

「……映画音楽。『ラストエンペラー』の。坂本龍一のコンサートでは三人で演奏することもある。ピアノとチェロにバイオリン。急に何?」

 そう言うと萩岡係長は、とんかつの最後の一切れを大切そうに口に運んだ。私はスマホを係長の前に置いた。

「ふーむ」

 係長の細い目がキラリと光った。
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