7・2 の憂鬱




「・・・何を、ですか?」

「僕のものになるかどうかを」

そう言ったとたん、戸倉さんは、ゆるやかにわたしの手を離した。

わたしは自由になった手のひらをどうすることもなく、ストレートすぎる戸倉さんのセリフを噛み砕いて頭に入れていた。

けれど、その意味を理解する前に、戸倉さんが重ねて告げたのだ。

「僕は白河が好きだよ。だから、今、白河が僕の手を握ったら、もう離すつもりはない。たとえどんな噂が流れても。白河が、また僕と離れたがっても」


白河が好きだよ―――――

その告白は、日常会話の延長のようなさりげなさだった。

うっかりしてたら聞き逃していたかもしれないほど。

戸倉さんから好きだと言われて、わたしは動揺をさらに大きくさせたのに、戸倉さん自身はお構いなしに話を続けてきた。


「だから、白河が今選んで。僕のものになるかならないか。僕のものになるなら、二度と離さない。けど、そのかわり、どんなものからも守るよ。噂からも、陰口からも、白河が抱えてるコンプレックスからも」


陰口
コンプレックス・・・・


わたしの頭の中には、松本さん達の会話が流れ込んできた。


『戸倉さんはそんなタイプには見えなかったのにねー』
『案外、ああいう仕事ができる男の人は正格悪い女に引っかかりやすいのよ』
『もう、本気でがっかりー』


わたしのせいで戸倉さんの評判まで悪くなってしまう、
そう思うきっかけになったシーンだ。

不安になったわたしは、それからすぐに戸倉さんと距離を置くことを決めた。

もちろん、今だってその不安が払拭できたわけじゃない。

だけど・・・・


「白河、選んで。僕を」

すっと差し出された戸倉さんの手。

その手が、別の誰かに触れるのは、嫌だった。


わたしだけが、その手に、触れていたいと思ってしまったのだ。


・・・わたしの答えは、ひとつに絞られた。






気持ちに素直に従ったわたしを、戸倉さんは強く握りしめてくれた。


「やっとつかまえた・・・」

戸倉さんのぬくもりを感じた瞬間、彼の、安堵したような言葉が、耳をくすぐったのだった。








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