紙切れ一枚の約束

「運命」

都内の高級ホテル。そのティーラウンジでお茶をする、という形式の「面接」。私はカウンセラーのアドバイス通り、お相手の好みに合わせた少しかわいらしい格好で出向いた。私の年でこんなにふわふわしたスカートをはいて、きょろきょろとあたりを落ち着かずに見まわしていたのだから、きっと周りのお客たちはここが婚活の舞台であることにだいたい感づいたに違いない。

「遅くなりました。申し訳ありません」
ていねいに謝りながら、すっと席についたのはお相手の男性――真壁湊さんだった。


真壁湊。年齢は33歳。一流大学の法学部を卒業、ロースクールに入り首席で卒業、司法試験は一発で合格。現在は大手弁護士事務所に勤めている。
もちろん独身で、彼女もいない。好きなタイプは、女性らしくて家庭的な癒し系。毎日手料理が食べたいので、お相手には専業主婦希望。

コーヒーを物静かに注文する彼の横顔を見つめながら、釣書から得たこれだけの情報が私の頭の中にざっと流れる。年下だけど、申し分ないお相手だ。でも、ひとつ気になっていることがあった……。どう切り出したものだろう。
「改めまして、はじめまして。僕が真壁です」
「こんにちは、はじめまして。私は我妻(わがつま)都です」
少しうつむいて答える。苗字が恥ずかしいからだ。珍しい上に、婚活パーティーでは必ず相手の注意をひき、最悪の場合笑われた。誰かのネタになって笑いをとる人生なんて嫌だ。私はこの苗字を捨てて、新しく生まれ変わるの……。
けれど、彼は笑わなかった。むしろ、感心したような声で話しかけてくれた。
「我妻栄(わがつま・さかえ)と同じご苗字でしたね。うれしいな」
「え?」
私は意味がわからずに聞き返した。その我妻なんとかという人も知らなかった。
「我妻栄という人は、とても有名な民法学者です。その彼と同じ苗字だなんて、うらやましいな。ご親族?」
「さあ、詳しいことは……法律もわかりませんし。私は教育学部出身なので」
「教育ですか。大切なお仕事ですね。『教育は百年の計』ですし、なかなか成果も出ませんが、人材は国の要です」
私はいつのまにか、真壁さんの知性あふれるお話に引き込まれていった。会社でもなかなかできるものではない。「面接」はいつの間にか教育談議になっていったが、それも真面目堅物な私には好ましかった。

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