紙切れ一枚の約束

「再会」

夢見る少女になって、一人でほほ笑んでいたとき、カフェのドアがぎい、と重苦しい音を立てて開いた。
「ああ、お久しぶりです」
「ほんと、ほんと、マスター、元気だった?」
「おかげさまで」
……この声は。
「お、我妻先輩、お久しぶり」
 その男は、呼ばれもしないのに勝手に私のテーブルにやってきて、ひょいと顔を覗き込んだ。
 「やめてよ、妹尾」
 妹尾つかさ。私の大学時代の後輩だ。私は教員免許を取得しても、教員採用試験を受けずに民間に就職したが、妹尾は子供好きだったのもあり、中学校の社会科教師になった。社会科は倍率が高く、もともと優秀だった妹尾もなかなか試験を突破できず、非常勤講師をしながら採用試験を受け続けていたようだ。彼が合格した時には、関係者が集まって祝賀会を開いた。その会は、当時妹尾が付き合っていた同期の女性との結婚お祝いの会ともなり、二重の喜びに彼は照れながらもとても幸せそうに笑っていた。その時以来、彼には会っていなかった。
「つれない先輩。俺泣いちゃうよ?男殺し!責任取って」
「馬鹿なこと言わないで。今日は冗談言いたい気分じゃないのよ」
妹尾は、私の前に腰かけると、じっとこちらを見つめた。
「なんかあったんですか」
「ん。秘密」
「悲しいことなら、俺が胸を貸しちゃう。思う存分泣くがよいぞ」
「残念ね。とてもうれしいことよ」
注文したココアが運ばれてきて、妹尾はただでさえ甘いそのココアに、たっぷりホイップクリームを入れてかきまぜ、昔のように「カスタマイズ」した。もはやチョコレートクリームを飲んでいるようにどろどろしたそれを、苦労してストローで吸い続ける妹尾は、相変わらずだったが、いつのまにか影のようなものが顔に宿っていた。
「なんですか、うれしいことって。男?まさか、まさかですよね~」
「そのまさか」
妹尾は、クリームをすするのをやめて、私の指を見つめた。その指は、真壁さんが触れた指だったので、私は妹尾に見つめられるのが恥ずかしくて、さりげなくカップの裏側に隠した。
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