千一夜物語

囚われの姫

黒縫は闇夜に紛れながら前を歩いている澪から片時も目を離さなかった。

昨晩は七尾とは会わなかったが、あの男は毎日澪と会いたがり、しかもこの前は嫁に欲しいとのたまった。

お前のようなどこの馬の骨かもわからぬ男に澪をやれるかと半ば父のような思いでずっと七尾を睨み続けていたのだが、あの男は相変わらずへらへらしていてこちらに気付く風でもなかった。


「あっ、遠野のお姫さん!今日は会えて良かった」


すでに橋の袂で待ち受けていた七尾がひとつに束ねた長い髪をなびかせながら澪に軽々しく手を挙げて笑った。

黒縫は姿を見られぬよう後退しつつ、澪にあまり前に出ぬようにと小さい声で忠告をした。


「七尾さん、昨日はごめんなさい。ちょっと色々あって…」


――澪が少し頬を赤く染めて俯くと、七尾はそれを見つつ欄干にもたれかかって腕を組んだ。


「いいことがあったぽいけど」


「う、うん。あの…七尾さん、ごめんなさい。一昨日のお返事だけど、私…許嫁の方の所へお嫁に行くことにしたの」


「…え?」


「変な言い方だけど、あのね、仮面の方と許嫁の方…同じ方だったの。本人はまだ気付かれてないと思ってるみたいだけど私それを知ったの。だから…」


七尾は澪がもじもじしながらしきりに頭を下げるのを見て、内心相当がっかりしていた。

話の内容からしてうまくいくわけがないと思っていたし、澪の話では許嫁の男には想いを寄せる女が居たはず。


「でも…その男には好きな女が居るんだろ?」


「うん、そうなんだけど、お嫁さんは何人居てもいい家柄の方だから。私はねっ、それでもいいの。…黎さんのお嫁さんになりたいから」


「………黎…?」


つい黎の名を出してしまって慌てて両手で口を覆ったが、もう後の祭り。

知られたとしても黎の存在を知っている者などあまり居るわけがないとたかをくくっていると――


『澪様、その男から離れて下さい』


「え?」


「黎…その名は聞いたことがある。御所で…帝を助けに来た男…鬼頭の旦那のことか…」


瘴気の濃い妖気が吹き出した。

澪は驚きのあまりよろけて後退った。


七尾は――見たこともないような、恐ろしい表情をしていた。
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